有楽町駅から、銀座方面とは反対側。日比谷方面にすぐあるのは、日比谷公園です。
1(及び小説3巻)の六破星降魔陣で楔を打つ場所として登場してます。

さて、次は帝都中央駅について。
新サクラ大戦で登場。冒頭及び移動場所となっています。
モデルとなるのは、普通に考えれば計画時に「中央停車場」という名称だったこともある東京駅でしょう。

また、駅名の下には中央改札という看板も掲げられておりますが、本当の丸の内中央改札は小さな改札なので、皇室専用の中央玄関と主要改札口である丸の内北(南)改札をくっつけたようなイメージなのかもしれません。以下は丸の内北改札の様子。

さらに、赤レンガでトンネル状になった通路には「壱番線」「弐番線」と表示されています。現在、3番線、4番線となって京浜東北線の発着に使われているホームが、当時は1、2番線として中央本線の起点として発着に使われていました。
ですが、新サクラ大戦では、中・長距離移動は蒸気飛行船が主体のようなので、その発着場ということでしょうか。もっとも、路線図に「帝鉄」の文字が見えるので運航会社は鉄道会社のようですが……。 路線図そのものは、帝都中央駅を中心にX字状に路線が伸びていて、実際の路線図とは大きく異なります。すみれの部屋にあった時刻表も鉄道ではなく、蒸気飛行船のものでしたので、実際の鉄路とは無関係ということなのでしょうね。それでも、無理やりあてはめると、帝都中央駅の西側は東海道(横須賀)線、中央線。東側は常磐線・内(外)房線、成田線(我孫子支線)あたりでしょうか?
ここ、深読みすると、鉄道の復旧は時間も手間も金もかかるため、度々、降魔の襲撃に晒されていた帝都近郊では、道中の整備がいらない蒸気飛行船が発達した……なんて設定が考えられるかも?
いずれにせよ、立地的には「銀座口」や「大帝国ホテル」への接続口があるので、有楽町駅あたり、あるいは東京駅から有楽町駅までを内包した巨大駅という設定かもしれません。度々、飛行船が屋上におさまっている建物が、背景にうつりこみますが、これが帝都中央駅のようですので。
さて次は、大帝国ホテル。
2の織姫との正月デートで登場する他、新で倫敦華撃団の滞在場所としても登場します。
モデルとなったのは、言わずと知れた帝国ホテルですね。

備中松山藩江戸藩邸の跡地に国策として設立されたホテルで、1890年から営業を開始。
サクラ2で登場したのは、二代目の建物として有名なライト館。
その落成式は1923年(大正12年)9月1日、つまり、関東大震災当日であったにもかかわらず、ほとんど被害がなかったという逸話が知られています。

このライト館は、1967年(昭和42年)に閉館したものの、博物館明治村に移設されて、往時をしのぶことができます。
ここでは革命の聖地も扱いますよ、ということで、新帝国劇場について。
これは、1933年(昭和8年)竣工の日本劇場(日劇)になるでしょう。

1981年(昭和56年)に老朽化により、閉館。跡地は有楽町マリオンとなります。

なお、2020年(令和2年)から2021年(令和3年)にマリオン内のヒューリックホール東京で新サクラの舞台が行われているのは、なにかの縁でしょうか。
さて、ちょっと変わりどころを。
1996年(平成8年)から翌年にかけて、サクラ世界のラジオ番組という体裁で放送された、有楽町帝撃通信局という番組がありました。
現実での1925年(大正14年)にNHKのラジオ放送が開始されるわけですが、それに先立つ日本最初のラジオ放送という設定でした。
これは、ニッポン放送から放送されていたのですが「有楽町」と劇中になっているので、劇中でもそういうことになるでしょう。
というわけで、ニッポン放送本社です。

放送当時からは建替えられてしまいましたが、場所は変わらずです。
続けて、変わりどころ。
かつてREDのHPに掲載されていた、サクラ大戦の外伝小説、太正浪漫街道 新章から。
まずは麹町區丸の内、行幸通り。
浪漫街道新章のクライマックス直前の戦闘シーンがありました。
東京駅と皇居(宮城)を直結するためにつくられた道で、今でも新任大使が着任式に出るための馬車行列が通ることでも有名です。
京橋區・有楽町ガード下も、浪漫街道新章の九月、喧嘩のシーンで登場します。
1910年(明治43年)、鉄道院有楽町駅から新橋駅をつなぐ高架線が完成した当時から、高架下に店舗が構えられるよう設計されており、今でも繁華街として機能しています。
そして、浪漫街道新章で 帝国華撃団・桔梗門霊力実験棟があるとされたのが、皇居(宮城)桔梗門。
元来は内桜田御門とも呼ばれ、三の丸の南門。幕府の要職者が登下乗する門でした。

というわけで、有楽町、日比谷周辺の聖地でした!



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