「X年後の関係者たち」(BS-TBS) サクラ大戦回 感想

 BS-TBS、『X年後の関係者たち~あのムーブメントの舞台裏』のサクラ大戦回を視聴。
 BSを見れる環境にはないんだけど、TVer、ありがたいです!


 まずは、冒頭から「舞台」ではなく「歌謡ショウ」とナレーションしてくれた時点で、思わずニヤリ。そうそう、そこは「歌謡ショウ」なんですよ。ちゃんとわかっているスタッフがいるな、と。

 今回、メインで喋られていた広井王子氏は、声が少し年を取られたかな、という印象。
 一方、MCのカズレーザーさんが実にうまい。Wikipediaなども調べ、実際にゲームもプレイしているようなので、おそらく本来はもっと詳しいはず。それをあえて前面に出さず、聞き役に徹している。出演者から話を引き出すことを優先しているあたり、さすがだなと思いました。

 サクラ大戦のルーツ話。
 広井さんが『機動警察パトレイバー』の影響についても触れられていましたが、私はパトレイバーも好きだから、サクラにはまるのも道理かーw
 それにしてもパトレイバーの影響はでかいな。
 そして興味深かったのが、広井さんの語る『遠山の金さん』や『月光仮面』の話。
 広井さんの月光仮面好きは何度か出てきたことがありますが、そこから、遠山の金さんにいって、日常と事件の二面展開が『サクラ大戦』の日常パートと戦闘パートという構造に繋がるというのは面白い。
 さらに、アマノウズメノミコトから歌謡が神事へとつながる話、広井さんがそれまで和風ファンタジーを手がけてきていたからこその思いつきなのかな。ネットゲーム88の関係とかで古事記とか日本霊異記とか読んでいた自分からすると、すんなり受け入れられた設定であった。

 藤島康介さんを起用するにあたって、大変だったのは何度か聞いていましたが「講談社の壁」という話は……大人の事情、つらいw

 また、意外と語られない「恋愛ゲームとしてのサクラ大戦」にフォーカスがあたったのも印象的だった。
 当時の恋愛ゲームにおいて、選択肢には基本的に正解と不正解がある。正しい選択を積み重ね、目的のヒロインとの結末に到達するという構造はその通りでこれはテキストアドベンチャーゲームのから流れですね。
 「恋愛ゲーム」が確立したといわれる「同級生」(elf,1992)では会話+エンカウント管理、「ときめきメモリアル」(コナミ,1994)は健全化の上、分岐と主人公の成長パラメータでゲームとしたわけで、そこに「サクラ大戦」(セガ,1996)が登場し、LIPSが出てくるという。
 「全部正解も、全部不正解もある」
 どの選択肢が正しいか、というだけではない。相手や状況によって反応は変わるし、そもそも何も言わないという選択もある。
 シナリオゲームだけどリアルタイム性があるLIPSは、人間同士のコミュニケーションをゲームとしてどう表現するか、という発想から生まれたものであり、改めてその思想を聞くと、やはり画期的だったのだなと。

 他の出演者でいうと、大場さんがここまで忌憚なく話をされるのは、ちょっと珍しかったかな。広井さんについて、良い面も大変だった面も含めて、かなり率直に語っていたのが印象的です。
 そういえば中山雅弘さんも、広井さんの話をとにかくずっと聞いていた、という趣旨のことを話されていたような記憶があります。
 広井さんの頭の中にある膨大なアイデアやイメージ。それを周囲のスタッフが受け止め、具体的なゲームやイベント、商品へと落とし込んでいく。だから、私は、広井さんが参加していない時には、サクラ大戦の世界観が薄くなっているように感じてしまう。
 まあ、ブライダルショーに像というのも、すげぇけどw

 今回、こすられたのは「風呂桶」だけど、ほんと、サクラ大戦のグッズは、よかった……。「劇中に出てくるものは売れる」という重要な話がありました。ほんとそれ。
 最近はアクスタが隆盛だけど「劇中グッズ」は是非お願いしたい!

 智佐さんが舞台のために色々と習ったことは既出ですが、「生活がサクラ大戦用になる」というカズレーザーさんの言語化はうまい。
 
 そして、考えてみれば、我々のようなファンも生活がサクラ大戦用になってるなと思いましたw まあ、智佐さんのそれとは違いますが、ゲームをプレイして終わりではなく、CDを聴き、歌謡ショウに通い、グッズを集め、イベントに参加し、ファン同士で交流する。日々の予定やお金の使い方、ときには交友関係までもが『サクラ大戦』を中心に組み立てられていく。もはや単なる趣味ではなく、生活の一部になっている。
 終盤、広井さんが、IPを長く大きく育てるとはストーリー(作り手側が提供する物語)、ナラティブ(作り手と受け手がとも編む物語)から、体験を経て、トランスフォーメーション(受け手のものになる)というのは、こういうことかと。
 作り手が用意した物語を、受け手が楽しむ。受け手自身が作品について語り、行動し、体験を積み重ね、やがてその作品が自分自身の生活や人生にも変化をもたらしていくというのが、長く続くIPになるのだと。
 「クリエイターから手が離れたらIPになる」「コントールできるものではない」ということはすなわち、作品が生みの親だけのものではなくなり、多くの人々によって語られ、愛され、受け継がれていく文化になるということと理解しました。

 じゃあ、しょうがない。
 私は一生、「サクラ大戦」しましょう!w

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