浅草といえば、まずは、花やしき支部からでしょう。
オリジナルシリーズでは何度も登場し、特に映画版では印象的でした。
新で直接的に登場することはありませんが、アニメ七話で神山とさくらのデート先(未遂)として登場しています。

さて、現在では遊園地として営業する「花やしき」は、1853年(嘉永6年)に開園。当初は植物園でしたが、徐々に遊具が増え、一方、震災までは動物園としても有名だったとか。
1936年(昭和11年)に一度閉園するが、1939年(昭和14年)に須田町食堂(現・聚楽)が買収して再開。松竹が資本参加するが戦争により中断を挟んで、東洋娯楽機(後のトーゴ)が経営に参加して、今の遊園地としての基礎が整います。

2004年(平成16年)にトーゴが事実上倒産すると、バンダイナムコが運営を引き継ぎ、今に至ります。
現実のサクラ大戦のイベントとしても園内の花やしき座や浅草花劇場(2019年(平成31年)開館)でダンディ団や横山智佐さん主催のサクラ関連イベントが開催され、新サクラ大戦の体験会も開かれました。

続いては、これもオリジナルシリーズで度々でてきて印象深い浅草寺。
お寺本体は、1の4話で出てくるのがシリーズ初出でしょう。戦闘シーンのMAPでもあるので、ここでの登場はかなり印象に残るのでは。また、映画版でも花組がお参りしていました。
628年(推古天皇36年)に創建と伝わり、文献上ではの『吾妻鏡』に、1181年(治承5年)が初見。江戸時代には幕府の庇護を受けて発展。
大正時代の本堂と五重塔は戦災で焼失し、現在のものは戦後に再建されたもの。なお、大正時代の五重塔は大正時代には本堂の東側(現在と反対側)にありました。

さて、オリジナルシリーズで浅草といえば、雷門も印象に残ります。
翔鯨丸の発進告知をする提灯がありますからね。

しかし、実は、江戸時代末期(1866年(慶応元年))に焼失し、再建されたのは、松下幸之助の寄進により1960年(昭和35年)です。
なので、大正時代には実は(恒久的な建造物としては)雷門はなかったんですねw
ただし、地名はずっと雷門だったそうです。
そして、雷門と浅草寺境内の間にあるのが、仲見世商店街。
いつ形成されたかはっきりしないが、元禄から享保年間と言われており、日本で最も古い商店街の一つともいわれています。
現在の建物は震災後に再建された1925年(大正14年)の鉄筋コンクリート造りが戦災も乗り越えて利用され続けています。そう、大正時代からの生き残りなのです。

厳密にいえば、1の時代には1885年(明治18年)の赤煉瓦造りの建物だったのですが、前述の震災後の建物をモデルにしていますね。翔鯨丸の発進に対応するために、賢人機関が早期に建替えをしたのかもしれません。なにせ、毎回、地面がせり上がって建物が90度傾くわけですから
今回、最後の紹介は、東武浅草駅。
新では翔鯨丸の発進表示が「浅草北駅」に変更となりましたが、東武浅草駅がモデルであることは、一目瞭然ですね。

実在の駅名を避けたのかもしれませんが、地下鉄浅草駅を浅草駅として、その北側だから浅草北駅というところでしょうか(開業当初は浅草駅ではなく、浅草雷門駅という名称でした)。
東武浅草駅は地下鉄浅草駅に遅れること四年、1931年(昭和6年)に開業。
駅ビルも松屋浅草店をメインテナントとして同時開業しました(東京では初の「ターミナルデパート」)。
1974年(昭和49年)に老朽化からビル全面をパネルで覆う工事を行いましたが、2012年(平成24年)に開業時の姿を復元し、現在に至ります(なお同時期に松屋浅草店の規模縮小に伴い、浅草エキミセという商業施設としてテナントをリニューアル)。
ちなみに、常設としては日本初の屋上遊園地が設けられ、屋上遊園地初の観覧車を設置したと言われています。そして、その屋上遊園地は「スポーツランド」と名付けられて人気を博したことから、全国に同名の施設がつくられる切っ掛けとなったとも。



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