「ワイルド・ウエスト・希望」のウエスタンショーの史実

本記事は2013年8月 4日 (日) に旧ブログにて掲載した記事の再掲です。
松谷彼哉さん主催の「紐育♪お散歩日和♪10」が開催されたことにあったって、新サイトでも掲載することとしました。

今回のショウは、色々と史実が元ネタになっているので、ちょっとそれをあたってみました。

●ワイルド・ウエスト・ショウ
ワイルドウエストというのは西部をあらわすのによく使われる表記です。
映画「ワイルド・ワイルド・ウエスト(1999)」、宝塚歌劇「the WILD Meets WILD」(2013)。ゲーム「ワイルドウエストガンズ」(2008)など、近年でも各方面で使われています。
ですが、今回の「ワイルド・ウエスト・希望」で一番、参考にしたのは、「ワイルド・ウエスト・ショウ」ではないかと思っています。
というのは、このショウは、自身がガンマンであったバッファロー・ビルが1863年に立ち上げたショウで、ビル・ヒコックやスー族の戦士シッティングブルなど、西部開拓時代の有名人も参加し、また女性ガンマンのアニー・オークレーを見出すなど人気を博していました。
これは、まさに今回の舞台そのものでは?と思うわけです。

●ビリー・ザ・キッド(1859-1891)
21人を殺し、21才でパッド・ギャレットに射殺された伝説的早打ち少年ガンマン。
身長は160cmに満たず、小柄な優男。
容姿からして、リカがやるのは当然ですね。
一時はカタギになりかけたのだが、雇い主が商売敵と諍いて殺されると復讐のために無法者に戻る。
「一人で生きてきた!」というのはビリーの生涯をあらわす言葉ですが、これはもちろんリカと重なるわけですね。
パッドに逮捕された後、脱獄に成功するも、なぜか(米司法の手がのびない)メキシコへは逃亡せずにニューメキシコに戻り、ここでパットに殺されるわけです。
これについては、女がいたからという説が有名ですね。
今回のショウのストーリーでは、シスター・ダイアナがいたから戻ったとされているのかもしれませんね。



●アニー・オークレー(1860-1926)
女ガンマン。
元々、ジェミニの元ネタともいわれているので、そりゃ、ジェミニがぴったりですねw
早打ちかつ正確なガンマンぶりは、ワイルドウエストショーに同行していたシッティングブルも感嘆したというほど。
容姿にも恵まれたことから、日本でも放送されたテレビドラマ「アニーよ銃をとれ」の題材ともされた。
ちなみに、エジソンが撮影した彼女の早打ちの様子の映像も残っています。
これは、非常に近距離からの射撃(おそらく当時の機材の関係)ですが、実際には27mの距離からトランプ・カードを分断できたという腕前だそうです。
最後は交通事故により死去。

●ワイルド・ビル・ヒコック(1837-1876)
ロック・クリークの殺戮では、10人に襲撃されながらも全員を倒したというガンマン。
南北戦争にも参加した後は、保安官となり、伝説的な武勇伝を残している。
ただし、暴力的だったので、地元市民のうけはイマイチだったとか。
親友のビルのたちあげたワイルドウエストショーに参加。
しかし、目を悪くして、ショー引退後はガンマンを引退している。
最後は、売名目的の相手に背後から不意打ちをくらって即死。この時、ポーカーをしてた彼が手にもっていたのが、Aと8のツーペア。これがために、この役がデッドマンズハンドと呼ばれるようになり、サニーはショウ冒頭で、トランプを出していたわけですね。
大変な伊達男だったそうで、サニー向きですねw

●ジェロニモ(1829-1909)
ネイティブアメリカンであるアパッチ族の戦士。
メキシコ軍に家族全てを含む130人以上をだまし討ちされたため、メキシコ人への終生の復讐を誓ったとされています。
米墨両国への抵抗を続け、スー族とともに最後まで抵抗を続けたが、1886年に米へ投降。以後は虜囚として生涯を閉じる。
モンゴロイド系列にあるネイティブ・アメリカンですから、ダンディ(ではないんだけどw)が演じるというのは、納得ですね。

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