第五話「血戦」(その5)

「橋頭堡は確保したか」

 陸軍側の首席参謀となる辻からの連絡に大神達はひとまず安堵した。
 強襲上陸において最も困難な海岸での陣地の確保ができたからだ。

「長官。大和より入電。三式弾の残弾があと五斉射分だと」

 伝令の報告に大神は時計を確認した。
 確かにもうそんな時間だ。

「わかった。長門、陸奥と一緒に補給のための後退を許可すると打電しろ」

 素早い決断に伝令は弾かれたようにしてとって返す。
 だが、同じく時計を確認していた加山は渋い表情だ。

「陸軍のスケジュールが遅れているな」

 この時間には橋頭堡の確保はとうに終え、もっと内陸へと進行していなくてはならない筈だ。

「相手のあることだ。しょうがない」

 とはいえ、ギリギリの戦力で回している海軍にとっては頭の痛い問題だ。
 本来なら、この後暫くは艦砲支援はなし(戦艦群の補給完了を待つ)の予定だったのである。

「陸軍から至急電です」

 また別の伝令がもってきた電文を加山がうけとり、目を通した。
 加山の顔がまた険しくなる。

「どうした?」
「これだよ」

 加山は大神に電文を渡す。
 それは、陸軍からの艦砲支援継続を求めるものであった。

「陸軍も勝手をいいますな」

 こちらも、陸軍を好ましく思っていない源田航空参謀だ。

「補給が切れるのだから、どうしようもないぞ、大神」

 感情が高ぶってくるといつもの言葉使いに戻ってしまうのは、加山もまだまだ青いというところか。

「だから、そう言うなって」

 大神は陸軍の戦車部隊が貧弱だというのを聞き及んでいた。
 陸軍の主力戦車である九七式中戦車は米陸軍主力戦車であるM4シャーマンはおろか、軽戦車であるM3リーにすら対抗できないというのだ。対戦車砲も力不足で、M3にはともかくM4には正面からでは全く歯がたたない。
 その“太平洋最強戦車”であるM4シャーマンがお荷物扱いされている独ソ戦という戦場は一体どういうものなのか、考えるだけで身の毛もよだつ。
 ともあれ、日本陸軍は敵戦車に対しては、後方からの重砲支援か航空支援、もしくは歩兵による肉薄攻撃しかないということになる。
 そういう状況にあっては、航空機と違い夜間でも実行でき、かつ陸軍の砲より威力の大きい艦砲射撃は咽喉から手が出るほどほしいものだ。

「陸軍も上陸作戦だ。特に重砲の展開は容易くはいかん」
「だが、どうするよ。砲弾がないっていってるぞ」
「第四戦隊を派遣しよう」

 第四戦隊は、重巡洋艦『高雄』『愛宕』『摩耶』『鳥海』からなる。大和らとともに支援艦隊に所属している。このクラスは20.3cm連装5基を主砲としているから、四隻で合計四〇門ということになる。
 今まで艦砲射撃していた『大和』は46cm三連装3基、9門。『長門』『陸奥』は40cm連装4基、8門。合計で二五門だ。
 こう比較すると口径で半分のところを門数で1.6倍となるからほぼ匹敵しそうにも感じる。だが、威力は口径の二乗に比例するといわれているのだ。
 すなわち、20.3cm砲と40cm砲では威力が四倍違う。従って40cm砲16門は20.3cm砲64門に匹敵するという計算がなりたつから、第四戦隊ではかなり威力がおちるということがわかるだろう。

「いないよりはマシか」
「ああ。威力が劣るといっても、陸軍の重砲に比べれば遥かに強力だ。それに間断なく攻撃を続けることには意味がある」

 それがいかに守備側の兵隊達の士気を挫き、味方の士気をあげるか。
 帝都・巴里で花組という陸上部隊を率いてきた彼にはそれが感覚として理解できる。

「じゃあ、それで命令を出そう。陸軍にも連絡しておく。他には?」
「そうだな……」

 少し大神が首を捻った。
 そして、目を閉じたまま天を仰ぐ。

「……どうした?」

 加山が呼びかけて、ようやく大神はいつもの様子に戻った。

「うん。なんかな。悪い臭いがするんだよ」

 多少スケジュールは遅れ気味とはいえ、米軍の反撃を大きく心配するような要素は今のところない。

「敵艦隊に対する動静は何かないか?」
「なにもないな」

 念のためにと加山は再確認する。しかし、それでも動静は伝わってきていない。
 だが、なにかの胸騒ぎを大神は覚えていた。

「近藤提督は、大和だな?」

 近藤提督とは支援艦隊を率いる近藤信竹中将だ。
 いわゆる大艦巨砲主義の思想に連なるテッポー屋(砲術畑の人間をこう呼ぶ)だが、現実を受け入れる能力もあり、その得意とする水上部隊の指揮を任せておけば、まず任務を忠実に実行してくれるだろう。

「近藤提督に乗り換えて現場に留まるように命令しておいてくれ」
「何をさせる気だ?」

 加山は怪訝そうだ。

「いや、わからん」
「わからんって、お前なぁ……じゃない、閣下」

 あまりに打ち砕けすぎてることに気付いて加山は慌てて口調を修正した。
 もっとも、大神と加山が同期の親友同士で、何らかの極秘任務を共にしていたのは、海軍首脳部はもちろん、ちょっと耳ざとい高級将官なら知っている。
 大神も階級の上下を気にするようなことはないが、事情を知らない士官や水兵もいる。けじめは必要だ。

「ふざけているわけでもないんだ。ただ、第四戦隊のレベルでは対応できないような、なにかが起きそうな予感がする」
「また、お得意の“戦場の臭い”か」

 加山は大きな溜息を一つついた。
 そして、源田の顔をちらりと見る。
 すると源田も、やれやれというように左右に首を軽くふっていた。
 この大神の“勘”は彼らの理解を超越している。
 なにせ、彼らが職業軍人として長くうけてきた教育は理をもって戦場を読み解き、対処する方法だ。もちろん、大神もそれを踏まえている。
 だが、その実戦で培った素養は他の人間にはない、理以外の発想をもたらす。

「考えてみれば、予測不可能なことが起きるのが戦場。そこに理屈だけで対応しようというのが間違いなのかもしれん。ただ、日露戦争の秋山閣下や、大東亜戦争の大神閣下のような方はほとんどいらっしゃらない。我々のような凡人は理屈に頼るしかないのだ」

 後に大神の左腕(右腕はもちろん加山)と評される源田が、照和三〇年の海軍大学校での講演で、こう語っているほどだ。

「わかった。そういうふうに命令を出そう」

 加山は大神に従うことにした。
 なにせ、彼の発想は今までもことごとく的中しているのだから。

「ああ、頼むぞ」

 命令文の起草は参謀の職務だから近藤にある程度納得できるような文章をつくるのは加山達の仕事ということになる。
 まさか、大神の“勘”というわけでにもいかないから、そこが悩みどころだ。

「やれやれ。やつにはもう20年も振り回されっぱなしだ」

「桐島。そろそろ寝ておけよ」
「あ、はい!」

 加藤大隊長に声をかけられた琢也は背筋を伸ばして敬礼した。
 既に日はとっぷりと暮れている。

「そう律儀に敬礼してるな。戦場では敵にだけ気をはっておけばいい」
「は、はい」

 とはいえ、陸軍士官学校を短縮卒業している彼は、まだまだ新米。
 上官に緊張するなという方が無理かもしれない。

「どうだ、愛機の調子は?」
「はい、悪くはありません」

 加藤と琢也は甲虎を見上げた。
 まだまだ工業製品というより手工芸品という域をでない甲虎の整備は厄介である。整備班も整備部品も優先的に陸揚げはされているが、十分な設備もないし、戦いとなればどうしても無理をする。操縦士達も自ら率先して整備を手伝っていた。

「ただ、砲身はもう交換です」

 戦車すら撃破する30mm徹甲弾を発射するその銃は試製30mm特車機関砲と呼ばれている新型兵器だ。砲身を先にいくほど細くするという口径漸減砲(ゲルリッヒ砲)である。
 タングステンでできた弾芯を軽合金などの外被で包んだ砲弾を用い、これが次第に小さくなる砲身で外被が絞られ、その分、砲弾にかかるガス圧も高くなることで、高初速を得るというものだ。
 しかし、タングステンという硬度の高い弾芯を用いるために砲身の磨耗が大きく、砲身の寿命は短くなる。

「メーカーは千発っていう説明でしたけど、八百発もうてば限界ですね」
「本来なら十分な数字だがな」

 弾倉は二十発入。八百発といえばそれが四〇回分だ。
 甲虎隊だけなら余裕のある数字なのだが、対戦車兵器の不足から歩兵隊の支援にも度々回り、また、装甲は貫通できるとはいえ炸薬弾ではない(戦車の中で爆発しない)から、1台をしとめるために数発を必要とする場合もしばしばだったのである。

「だが、明日のことを考えるよりは今日をこなさないといかん。補給は気にするな。元々、甲虎は短期決戦兵器だ」
「はい」
「それと、また明日がある。しっかりと休養するのも戦争のうちだぞ」
「は、申し訳ありません」

 甲虎隊の運用管理は航空隊のそれと似ていた。
 操縦適正者も機体も数少ない上、夜間は活動できない。
 加藤を大隊長に抜擢したのは、なかなか深い人選だったといえよう。

「それとも、あの音がうるさくて眠れないか?」

 前線の銃声に交じり、数分に一度の割合で桁違いに大きな砲声が響いている。
 海軍の艦砲射撃の音だ。
 昼間より間隔があいているとはいえ、止む事はない。前回のサイパン戦よりも徹底している。

「慣れれば頼もしい子守唄だぞ」

 なにせ、それが聞こえる限り、自分達が大きな支援を受けているということだ。

「はい、頑張ります」

 と答えるところを見ると、砲声は気になっているのだろう。
 戦場に出た兵士は、まずは砲声に敏感になる。そして、次に砲声に慣れる。敵味方の砲声が聞き分けられるようになり、敵の砲声がした時にだけに異音として感じられるようになるのだ。

「あれ?」

 突然、琢也は違和感をうけた。
 同時に加藤も首を左右にふって周囲を見渡している。

「間隔が崩れたな」

 加藤が呟いた。
 そして、しばしの間があった次の瞬間、今度は複数の砲声が一気に響いた。それは今までの抑制された砲撃とは違う。種類の違う砲が全力砲撃をしているような、文字通り絶え間ない砲声だ。

「なにかが起きたぞ!」

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