第四話「奪回」(その5)

「太平洋は平穏無事、かわりありません、ってな」

 サイパン基地の第121哨戒飛行隊所属のディオン・スミス中尉は定時ルーチンとしてPBYカタリナ飛行艇での哨戒飛行を行っていた。

「機長。そんな呑気なことでいいんですか?」

 副機長のアンドレア・バートン少尉だ。

「そうはいっても、毎日毎日、同じことの繰り返しだからな。大体、肝心のJAPどもは影も形もないときてる」
「そうですよ、少尉。ま、これでも飲んでください」

 無線手のティム・クレイトン軍曹が私物の魔法瓶からコーヒーを注いで手渡した。
 バートンはそれを啜りはしたが、まだ不安そうだ。

「オガサワラではやられたらしいじゃないですか」
「なーに。相手があることだ。多少は仕方ない。かわりに、奴らだって無傷じゃないんだ。たいしたことないさ」

 米軍は国民世論に反戦感情が高まることを恐れ、硫黄島沖海戦の正確な損害を発表していなかった。それは、軍内においても同様だ。
 その結果、確かに反戦感情の抑制には成功していた。しかし、同時に一般兵員の状況認識を狂わせることになっている。

「アンディ。慎重なのはいいことだが、度が過ぎると臆病だといわれるぞ」

 スミスもクレイトンも開戦以来のベテランだ。だが、逆にいえば米軍の「いいところ」しか経験していない。まだ実戦任務について日の浅いアンドレアの様子を、ルーキーにありがちな過敏症と思っているのだ。
 しかし、先入観のない新人の方が、物事の本質を見抜ける場合もある。
 カタリナのクルーにとって不幸な事に、今回が、まさにその場合だった。

「後上方敵機!」

 悲鳴に近い報告があった時には、すでに敵の射程に捉えられていた。機体を大きなハンマーで殴りつけられたかのようなショックが連続して襲う。

「サノバビッチ! なんで、気づかないんだ! 怠慢もいいところだ!」

 毒づきながらスミスは、ようやく機体を回避行動にいれた。だが、すでに機体は断末魔の雄叫びを上げている。

「基地に報告しろ! 急げ!」

 いわれるまでもなくティムは無線に飛びついている。暗号を組む暇はない。とにかく、平文で無電を送信しようとしている。

「中尉! 正面です!」

 アンドレアの声が、カタリナ機内での最後の意味のある言葉だった。
 次の瞬間、二〇粍の機銃弾はカタリナを四散させた。

「……ふぅ」

 カタリナを迎撃したのは川島紅雄の小隊だった。もっとも彼自身は、小隊長のケツについて右往左往するだけだったが。

「艦隊のこと、報告されてもうたかな」

 翼下には戦艦「大和」を含む支援艦隊が見える。
 川島らは、当初の作戦どおり、機動部隊から派遣され、支援艦隊の上空直衛にあたっていたのだ。

「おっと、引き上げの合図やな」

 空戦で燃料を消耗している。母艦に帰投すべく小隊長機はバンクをふって、進路を変えた。
 これが、PS作戦の最初の一戦となったのである。

「敵機の襲撃?」
「はい。その後、すぐに連絡を絶っています」

 カタリナからの一報はハワイのニミッツ太平洋艦隊司令長官の許まで届いていた。

「現在、別の機体が同海域に向かっています」
「わかった。続報が入ったらすぐに知らせてくれ」

 ニミッツは考え込んだ。
 カタリナを撃墜した敵機は、どこからきたのか。
 カタリナをほぼ瞬時に撃墜したということは、まず間違いなく戦闘機だろう。しかし、いくら日本機の航続距離が長いといっても、陸上基地からでは飛んでこれまい。

(ならば、空母が進出しているということだ)

 ここまではいい。
 だが、空母の目的はなんだ。

「やつら、我々を撹乱するつもりではないですか?」

 そう言ったのは、航空担当参謀のフレッド・クランシーだ。

「日本海軍とて、まだ空母戦力は回復しきっていない筈です。ヒット・アンド・アウェイで我が拠点の幾つかをゲリラ的に襲うのではないでしょうか」

 一理ある。
 太平洋艦隊をあちこち引きずり回して消耗させようというのではないかということだ。

「まあ待て。次の報告を待ってからでも遅くない。ただ、出撃準備はすすめるんだ」

 ニミッツは日本人の精神構造を分析したレポートを思い出していた。
 彼らは、乾坤一擲――ハイリスク・ハイリターンの作戦を好む。

(ならば……)

 そこに、第二弾の報告がきた。

「敵艦隊発見です! 戦艦5、巡洋艦8、駆逐艦10!」
「空母は?」
「報告はありませんが、戦闘機による迎撃を受けている模様です」

 間違いない。

「奴らはくる」

 間違いなく空母はいる。
 それに加えて戦艦部隊となれば、ヒットアンドアウェイなどではありえない。

「ハルゼー提督を至急呼んでくれ」

 硫黄島沖海戦で惨敗した米機動部隊の指揮官は、ようやく退院なったハルゼーに交替していた。

「JAPがきましたか!」

 すぐにハルゼーが飛んでくる。
 ニミッツは参謀に今の状況を説明させた。

「わかりました。至急、出撃します」

 ハルゼーはすぐにも部屋を飛び出そうとする。
 しかし、ニミッツは慌てて制した。

「いくら君が勇猛だといっても、正面からでは勝ち目はない」

 今や米太平洋艦隊に残された稼動空母は「ヨークタウン」ただ一隻だ。それも突貫工事でどうにか戦列復帰させたにすぎない。

「ハルゼー。いずれにせよ、日本軍が上陸することはさけられない」

 今から出撃しても時間的に間に合わない。

「だが、陸軍もかなりの防御態勢を敷いている。そう易々と陥落することはない筈だ。基地航空隊と連携をとりながら、作戦を進めてくれ」
「カウンターアタックというわけですな」

 “ブル(雄牛)”と渾名され、粗野な振る舞いも目立つハルゼーではあったが、決して無能な指揮官ではない。

(日本機動部隊は侮りがたい)

 航空兵力の集中運用。
 機先を制する索敵。
 勝機に全兵力を集中する大胆な戦法。
 その戦いは航空戦の大原則をしっかりと守っている。
 それが、ハルゼーの日本機動部隊評だった。
 だが、自分とて、こと、航空戦においていうならば、米海軍の第一人者であるという自負もある。実際、開戦劈頭に頭の固い連中に無謀といわれたトラック攻撃を成功させたのは誰だったというのか。

「閣下。基地航空隊の増強は?」
「ハワイの航空隊に準備させている。本土の海兵隊も用意する」
「そいつは豪勢ですな」

 本土にある海兵隊航空隊部隊はほとんど戦略予備といっていい。
 それまで投入しようというのだから、ニミッツがこの戦いをいかに重要にみてるかがわかる。

「だが、決して日本軍を深追いしてはならんぞ。やつらの戦力からすれば、かなりの無理をしている筈だ。ここは追い返すだけでいい」

 ニミッツはハルゼーの顔を見た。
 明らかに不満そうではあるが、さすがに手持ち空母一隻の現状では反論はしてこない。

「頼むぞ、ハルゼー」
「……了解しました、閣下」

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