いきなり少し変化球ですが、浅草ビューホテルも聖地といえるでしょう。
この場所は1982年まで、浅草国際劇場があったのです。
1937年(昭和12年)に開場した同劇場は、松竹少女歌劇(SKD)の本拠地でした。
広井王子氏は、このSKDに叔母がいた関係で幼少時から出入りしていたことで、帝国歌劇団のモチーフ元になったことを公言しています。
また、1959年(昭和34年)7月公演「夏のおどり」から本物の水を使った大滝と噴水など大掛かりな舞台装置(大瀑布のセット)が登場しておりますが、これは活動写真での「海神別荘」の舞台装置の描写に影響を与えているでは?と思っています。
さて、次はちゃんと劇中に登場した場所を。東京メトロ浅草線浅草駅です。
1927年(昭和2年)に東洋初の本格的な地下鉄路線である東京地下鉄道の浅草駅~上野駅として開業した駅になります。
写真は開業当初から残る入口です。
サクラ大戦1,2,4にて、花やしき支部から発進した轟雷号が合流する線路として登場する他、紅蘭の楽曲である「メトロで行こう」でもモチーフといて歌われています。
小説巻の一に登場する「浅草橋」は、江戸時代に神田川に欠けられた橋の名前であると同時に、そこからとられた周囲の地名でもあります。
地域としては、現在では浅草から少し離れた地域となっていますが、昭和22年までは現在の浅草地域を含む浅草区を構成し、そのほぼ南端でした。
一方、橋としての浅草橋は大正時代には明治6年に佳境された石橋でした。
関東大震災の復興計画で、1930(昭和5)年に現在の橋に掛け替えられています。
ここからはかなり推測混じりの場所になります。
まずは活動写真で降魔との戦闘場所になった「材木町」。
江戸時代までには成立した地名だったが、1934(昭和9)年、帝都復興計画の一環により、浅草雷門一丁目に編入となり消滅。現在の現行の雷門二丁目のうち、吾妻橋交差点から駒形橋西詰交差点までの国道6号線周辺が該当する場所になります。
とくに特定できるような風景などがあるわけではないですが、まあ、このあたりで戦ったということなのでしょう。
続いてTV第2話に登場する「弁天長屋」。
傷心のさくらが辿り着いた長屋ですね。
背景で浅草寺(の戦闘)が見えるくらいなので、浅草寺近くなわけですが、その周囲で「弁天」といえば、浅草寺境内の東側にある「弁天山」です。
ここは古くから弁天堂があることに由来してそう呼ばれるようになったとのことで、さらに、そこから周囲には弁天、あるいは弁天山を屋号に取り入れるお店、建物があり、別記事で紹介した「弁天山美家古寿司」もそれにあたります。
ということで、弁天長屋もこのあたりと想定されているのではないかと推定します。
さて、この記事最後に推定するのは帝劇三人娘の高村椿の実家である煎餅店「高邑屋」です。
OVA「桜華絢爛」にて登場しますが、浅草駅口から徒歩2分の花川戸とされています。
花川戸は現在も残る地名で、東武浅草駅周辺がそれにあたるのですが、大正時代は範囲が異なり、現・浅草一丁目の一部も花川戸町でした。
というところで、そんな現在は浅草一丁目だが大正時代は花川戸町である地域に、昭和15年創業の老舗煎餅屋、和泉屋本店があります。
煎餅屋は浅草には多数あるものの、大正時代の花川戸町地域で、現在まで一軒家として残って営業している老舗というと、ここがモデルになったのではないか、という推測としています。


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