元冶元年 六月五日。
その日は祇園祭で最も盛り上がる宵山の日であった。各地から見物に訪れた者達が通りに溢れ、京の町は大いに賑わっている。
その日の朝、竜馬は会津本陣を訪れていた。
かつて、徳川幕府は京都に3つの城を造った。
一つは、二条城。正式の城である。
そして、もしもの時に備えて作られた、二つの偽装された城がある。
一つは華頂山知恩院。そしてもう一つは、黒谷の金戒光明寺である。
この二つの城は、京都にもしもの事が起こった時、幕府の部隊が駐屯できるように築かれている。文久二年、京都守護職に任じられた会津藩主、松平容保は、この金戒光明寺を本陣に定めた。
今、徳川幕府にとって、もしもの事が起ころうとしていたのだ。徳川幕府の知恵は、鮮やかに花開いたと言えよう・・・
竜馬はここで、松平容保と会っていた。
「交流試合以来であるな、竜馬殿。」
「は、肥後守様におかれましては、ますます・・・」
「ははは・・・・堅苦しい挨拶は抜きだ。そういうのは好かん。」
容保はそう言ったが、竜馬はなかなかそうはいかなかった。
「時に竜馬殿。新撰組の方針は、あくまで池田屋だと?」
「は。左様でございます。」
「お主らが監察部の意見を信じたいのもわかる。じゃがな、竜馬殿。会津藩にも諜報活動を主とする者達が居る。わしはそちらを信じたい。」
「は。ごもっともなことでございます。されど、肥後守様。事は慎重に進めねばなりません。もし万が一、四国屋でなく池田屋に浪士たちが潜伏していた場合は、その時はいかがなされるおつもりですか?」
「・・・・・」
容保はしばし考え込んだが、やがて・・・
「よかろう。池田屋にも兵力を回そう。ただし、新撰組も四国屋に兵力を回すように。よいな、竜馬殿?」
「・・・は。承知しました。」
本来なら承知しかねるものであった。新撰組には病人が大勢居た。動けるのは27人。とても二分する兵力はない。
竜馬は重い足取りで屯所に帰ったが、屯所に入りづらくてなかなか入ろうとせずにウロウロしていた。
(近藤さんに報告しなければならんが・・・しにくいなぁ。)
仕方なく入ろうと前に出ると、屯所の前で同じようにウロウロしている山南を見つけた。山南は桑名藩邸と所司代を訪ねたその帰りだった。
「敬助。」
「え?・・・ああ、竜馬殿。」
「どうした? ウロウロして・・・」
「実は、報告しづらいことを言われましてね。困ってるんですよ。」
「・・・・兵力二分のことか?」
図星だったのだろう、山南は驚いた。
「何故、君が・・・・もしや会津様も?」
「ああ・・・四国屋にも兵力を回せと言ってきた。断るべきだが、断れなかった。」
「私もです。どうしようか・・・」
「敬助。ウダウダ考えても仕方ない。報告しよう。」
「・・・そうですな。」
二人とも、胃袋に石が入っているかのように重い雰囲気で屯所に入った。
早速、近藤の部屋に行くと近藤と土方が討ち入りの件を話していた。
「おお、帰ってきたか。どうだった?」
「はあ・・・それが・・・」
山南が話しにくそうにしていると、竜馬がまず話し始めた。
「会津、所司代、桑名藩。それに見廻組も出動する。出動は五つ(午後八時)に決まった。」
「五つか。よし、わかった。」
「それと近藤さん。会津様や桑名藩からの強い要請だ。四国屋にも兵力を回せと。」
それを聞いた近藤の顔は暗い。
「そうか・・・・兵力を二分せよ・・か。」
横に居た土方はまだ考えを曲げていなかった。
「近藤さん。この際だ。池田屋は会津様たちに任せて、我々は四国屋を強襲すればいい。それだけのことだ。」
「・・・・・」
二分する兵力は無い。しかし、近藤としては山崎を信じたい。近藤はそれからずっと悩んでいた・・・
それから新撰組の隊士達はばらばらに屯所を離れた。
名目は宵山見物である。しかし、その実は祇園会所への移動であった。既に武器、隊服などの備品は移っており、隊士たちはそこで着替えた。
「お祖父ちゃん。お祭り見物に行きましょう。」
井上の部屋を訪ねた総司はいつものようにニコニコしていた。
「総司・・・お前は・・・・」
「だって、お祭り見物に行くんでしょう?それなのに怖い顔をしていたら、みんなバカだと思われますよ?」
幹部達も移動し、屯所には山南と病人だけになった。
一方、長州藩邸では・・・・
音熊が廊下をドタドタと走ってきた。
「おぉい! 大神、大変だ!!」
桂に謹慎処分を食らっていた大神は寝そべって本を読んでいた。
「おい、大神!新撰組の連中が屯所を離れたそうだ!」
「・・・・・それで?」
「それでって・・・池田屋を襲う気なんじゃないのか!?」
「どうでもいいね。」
「何でだ!? 同志が襲われるぞ!!」
「俺は謹慎中だ。それに、祭りの喧嘩なんぞに興味は無い。」
「・・・・大神・・・」
大神は決して動こうとしなかった。しかし、大神には考えがあった。
「いいか、音熊。もし、池田屋に集まった同志が皆殺しにされたら、どうなる?」
「そりゃあ、長州の勇猛なる者たちが黙ってるはずがない。」
「それが俺の狙いだ。長州が一つにならねえと、幕府を潰すことなどできん。奴らには、そのための犠牲になってもらう。」
「・・・・・・」
音熊はこのときの、大神の頭の良さと、冷徹さが恐ろしかったと後に語っている。
そして、日は暮れた。宵山はピークを迎え、通りは見物客でごった返している。
「遅い!会津からの出動命令はまだか!?」
五つ(二〇時)はとうに過ぎた。しかし、会津からの出動命令は一向に来なかった。知らせによると準備に手間取っており、後一刻ほど待て、とのことだった。
三〇〇年と言う泰平の世の中は確実に彼らを鈍くしていたのである。
近藤は土方を見た。土方もまた近藤を見ている。
このとき、近藤には土方の目が出動しようと語っているのがはっきりとわかった。
「・・・・・・行くか?」
「近藤さん。このまま一刻をグズグズ待って、浪士たちが散ってしまったら、元も子も無くなってしまう。」
「・・・・・しかし・・・・・会津、所司代、桑名。一斉に斬り込む手筈になっている。向こうにも面子はあろう。」
「成功すれば万事解決することだ!」
「・・・・・それはそうだが・・・・・」
「それに、近藤さん。二十二人もの倒幕浪士たちを、新撰組だけで討ち取ったとなると、我々の立場は大きく変わってくる。」
「それは・・・・そうだが・・・・・」
「局長!」
竜馬が叫んだ。その場にいた隊士たちも立ち上がり。出動命令を促した。
「・・・・・よし!」
ついに近藤は立ち上がり、全員に命令を下した。
「我々だけでやろう!!」
「おおぉっ!!」
「待った!近藤さん、どっちに行くんだ?」
待ったをかけたのは、竜馬だった。というのも、四国屋と池田屋、兵力を二分するのか、それともどちらか一方に行くのか、まだ決めていなかった。
「・・・・どうする、トシさん?」
「・・・四国屋だ。」
「どうしても山崎を信じないのか?」
「アンタは山崎を信じすぎる。」
近藤は土方の目をじっと見た。近藤は土方の勘を信じている。しかし、それと同じ位に山崎も信じている。そこで、近藤の下した決断は・・・・・
「よし、わかった。君は隊士二〇名を連れて四国屋に行け。」
「アンタは? たった六人でやる気か?」
「トシの答えが正しいかもわからん。だが、私は山崎を信じたい。私と来る者は?」
沖田総司、永倉新八、藤堂平助、原田左之介、そして真宮寺竜馬。少数精鋭であった。
「よし、諸藩所司代頼むに足らず!! 新撰組出動する!!」
「おおぉっ!!」
新撰組隊士二十七名は祇園祭の夜、祇園会所から出動した。
途中、三条畷四国屋を襲う土方隊と池田屋へ向かう近藤隊にわかれ、それぞれの目的地に向かった。
京 三条 池田屋。
近藤達は建物の陰から池田屋を見る。
「中では、刀を低く使え。うっかり鴨居に斬り付けると、その隙にやられるぞ。」
「はい。」
その時、池田屋に潜伏していた山崎 丞が合流した。
「どうしたのかと心配しましたよ。」
「まだ居るか?」
「奴らは2階のあの部屋です。長州の吉田稔麿、杉山松介、肥後の宮部鼎蔵、松田重介、土佐の北添佶麿など。大物は全て集まっています。」
「桂は居るか?」
「いえ・・・・・連中も待っているみたいですが、一向に現れません。」
「・・・・・・構わん、斬りこもう。」
手筈どおり、それぞれの位置に就く。中に突入するのは近藤、永倉、藤堂、沖田。残る竜馬、原田、山崎は外で逃げ出してくる志士たちを待ち構える。
ドンドンドンドン!!
戸を激しく叩くと惣兵衛が奥から出てきた。
「どちら様でごぜえましょう?あいにく今宵は・・・」
戸を開けてみると、そこにいたのは浅黄色にだんだら模様の羽織を着た剣客たちだった。京都に住む人間なら見ただけでわかる。
「あっ!お二階のお客様!!」
近藤が前に進み出て叫ぶ。
「御用改めでござる!!」