「紅蘭、神武はどうだい?」
地下指令室からの大神の問いかけに、紅蘭は画面を通じてこたえた。
「骨組はなんとか無事や。修理自体は可能やで。ただ……このまま修理しても、同じ結果がまってるだけちゃうやろか……」
「わかった。紅蘭もこっちにあがってきてくれ」
続いて大神は、神武整備班長の瀧下に基幹部分の修理を続けるように指示をしてから、回線を切った。
「米田長官。雪組の方はどうなんですか?」
「お前らよりもっと状態が悪い。真龍改は、ほとんど修理不能だ」
神武との防御力の差が端的に出ている。
これでは、次の戦闘では、雪組を戦力としては使用できない。
「長官。何か戦力を補強する手はありませんか?」
かつては、神武やミカサといった超兵器が用意されていた。
しかし、それは過去の話である。
「戦力そのものにタシになるよーなもんはねぇ」
「やはり……」
そこに紅蘭が入ってきた。
「ご苦労さん。早速だけど、神武や翔鯨丸の戦力強化するいい手はないかい?」
「うーん。難しいとこやな……」
紅蘭も頭を捻る。
「大神はんも知っての通り、神武ちゅーのは、すごくバランスのとれた機体や。逆にいえば、そのバランスの良さが神武の強み。つまり、下手にいじれば、バランスがくずれてもーて、総合性能はかえって悪くなってしまうで」
「うーん……」
米田や大神をはじめ、花組の面々も考え込む。
が、そうは簡単に答えはでない。
何も事態が進展しそうにないこの場面を動かしたのは、ある通信だった。
「失礼します」
風組の隊員が伝令として、通信内容が書かれた文章を米田に手渡した。
それを一読するなり、米田は立ち上がる。
「全員、でかけるぞ」
「え、どこへ?」
事態が飲み込めず、大神が反駁する。
「皇居だ。陛下がお呼びだよ」
米田はそう言うと、蒸気演算機を操作した。
なぜ、蒸気演算機を……と、皆が見守っていると、急に指令室の床の一部が持ち上がった。
「これは?」
「宮城への直通通路の入り口だ。ついてこい」
米田に従い、階段を降りる。
すぐに、コンクリートで固められた、殺風景な回廊に出た。
「ふわぁ。まるでトーチカだぜ」
カンナが思わず口に出した言葉は、皆の共通の見解だろう。
だが、トーチカと違うことに、その床には、無限軌道を逆さにしたような設備があった。
米田は、全員をその上に移動させ、スイッチを入れる。
すると、床が動きはじめた。
「わわ、なんだいこりゃぁ?」
「全く。カンナさんはすぐに下卑た声をあげるわね」
驚きの声をあげたカンナに、早速、すみれが噛み付いた。
「なんだと? じゃあ、すみれは、これが何だかわかるっていうんかよ?」
「当然ですわ。これは、いわばエスカレーターを平面にしたもの。エスカレーターが動く階段ならば、さしずめ、動く廊下というところですわよ。そんなこともおわかりになりませんの?」
すでにエスカレーターは日本にも入ってきており、帝劇の近くでは、銀座三越で稼動している。
今回ばかりは、すみれのいうことは、的を得ている。
「すみれの言う通りだ。こいつは、自動歩道と呼ばれている」
「それにても、米田はん。こんな設備あるなって、うちもしらなかったで!」
紅蘭は自動歩道の機械見せてもらえていなかったことも含めて不満気だ。
「こいつは、もともとは、ミカサ建造時の移動路でな。その時はもちろん、極秘。ミカサがなくなってから、いざという時の宮城との通路にしたんだが、当然ながら極秘にせにゃいかん。悪く思わんでくれ」
そうこうしているうちに、終点である宮城に到着した。
「お待ちしておりました。こちらへ」
侍従長自ら、太正帝と摂政宮(=皇太子)がおわす会議室まで案内された。
「陛下と殿下におかれましては……」
型通りの挨拶をしようとする米田を、太正帝は、右手を軽く上げておしとどめた。
「堅苦しい挨拶はせずともよい。今回は、皇祖(=アマテラス)のために世話をかけるのだからな」
文字にすると、なんということはない。だが、これだけを発声するのにも、太正帝はかなり辛そうである。
先の戦いによる精神的衝撃で、病状が悪化したのだろう。
「あとは、摂政宮に聞いてほしい」
太正帝も、自分の身体のことはよくわかっている。
若き皇太子殿下に後を譲った。
「それでは、私が、陛下に成り代わり説明します。不明な点があれば、何なりとお聞きあれ」
すると、アイリスが、とんでもないことを聞きはじめる。
「お城っていうから、もっとすごいかと思ったけど、貧乏なの?」
「アイリス!」
さくらが慌てて口を塞ぐ。
「はははは。君は仏蘭西の出身だったね。確かに欧州の城に比べると、この御所は質素。貧乏というのはあたっていると思う」
「陛下、申し訳ありません」
「よい、大神。これで場が和んだ」
そう言いながらも、ここで皇太子殿下は表情を引き締め直した。
「今回のことを語るには、この書物の存在を明らかにせずばなるまい」
示されたのは、古ぼけた書物だった。
「この本の名を『未来記』という」
「それでは、聖徳太子が書いたという、予言書ですか!」
米田が珍しく驚きの声をあげた。
「予言書というのは伝説です。『太平記』で未来記が登場するくだりは、完全な創作です」
「それでは……!?」
「これは、聖徳太子が、未来の、皇統を紡ぐものへ伝えるべきものをまとめた書物なのです」
そう言うと、皇太子殿下は、ある部分を開いた。
「ここに、表の神話では語られなかったツクヨミの真実があります」
それは、驚くべき内容だった。
イザナギが、ツクヨミに治めるように指示した「月」の世界とは、天体としての月でもなければ、黄泉国でもない。
それは、日本の『裏側』にあるもう一つの日本、『扶桑國』のことだというのだ。
古来、扶桑とは、日本の古名と伝えられてきた。しかし、それは誤った認識であり、常世の日本の対象として、いわば別世に存在する日本をあらわす言葉なのである。
そして、扶桑と日本は、互いに行き来することはできないが、密接に関係しており、日本が乱れる時、扶桑も乱れ、扶桑が乱れる時には日本も乱れる。
「しかし、妙ですね。そんなに密接に関連しているのなら、なぜ、日本を襲ったりするのですか? それこそ、扶桑にも影響があるのではないでしょうか」
「通常なら、その通りです、大神くん」
摂政宮は静かに首を動かし、肯定した。
「ですが、すでに扶桑國は滅びようとしているのです」
扶桑というのは、常世ではない。それは、日本の裏側として、ただ単独で存在している。
神代から江戸時代はそれでもよかった。
しかし、現代になり、常世では、列強をはじめとする多くの国家との関わり合いの中で、発展していくようになった。
そうなると、常世の日本の成長が、扶桑にも反映していくのだが、扶桑は他の国家との接触がない。そのため、実を伴わない成長が発生したのである。
この虚栄は、当然、扶桑の社会の隅々に歪みをもたらした。
このままでは、扶桑國は、繁栄の中に滅びる。
「ゆえに、ツクヨミは、常世の日本を手中に収めようとしている」
摂政宮の説明で、帝撃にも概略はつかめた。
だが、まだ腑におちないところはある。
「よろしいでしょうか、殿下」
発言を求めたのは意外にも、すみれだった。
こんな時には物怖じしない性格と、洗練された社交儀礼は大きな強みである。
「殿下は、先程、日本と扶桑は表裏一体であると申されました。それでは、仮にツクヨミが日本を占領できたとしても、扶桑の状況が変わることはないのではございませんか」
摂政宮はその言葉に軽く頷いた。
「通常ならば、その通りです。しかし、たった一つだけ、それを回避する手段がある」
それは、扶桑と日本との関連を断つことだ、と殿下は続けた。
「ただし、そのままでは、“裏”である扶桑が滅びてしまう。ですから、月読命は、日本と扶桑、裏と表を入れ替えた上で、それを行なうでしょう」
「そんなことが可能なのですか?」
大神は反射的に聞き返す。
荒唐無稽なこととも思えるスケールの大きな話だったからだ。
「可能なのです。十種の神宝(とくさのかんだから)を使えば」
その名を聞いたことのない、花組隊員は、事態が飲み込めないといった感じだ。
しかし、それには米田が回答する。
「十種の神宝ってぇのは、神代から伝わる祭器だ。古くは物部氏が管理していたと伝えられている」
物部氏は大和朝廷時代の大豪族であり、聖徳太子の時代に蘇我氏に滅ぼされるまで、朝廷の軍事面を司っていた。
いわば、軍が守るほど、重要な代物ということになる。
「名前の通り、十種類の祭器から構成されている。その力は、死者をも蘇らせるといわれるほどだ」
かつてサタンが反魂の術で、上級降魔を蘇らせたことがあった。それには地脈を利用した魔法陣を用いていたが、祭器で同じ事ができてしまうというのである。
「はっきり言っちまえば、あの魔陣器と同等、いや、降魔や大和だけでなく力を発揮できるという意味では、それ以上の力をもっている代物だ」
大神も息を呑む。
「しかし、そのようなものがなぜ、ツクヨミの手に?」
この質問に、米田は厳しい表情を更に険しくした。
「古代以降、十種の神宝は京都の石上神社に納められていた。そして、明冶以降には、帝都の神田明神に遷されたんだ」
「しかし、長官。神田明神は、維新の折、不忠者を祭神としているとして、問題にされた神社ではなかったのですか?」
さすがに大神はよく勉強している。
神田明神は、平安時代に朝廷に対し弓引いた平将門を奉っていた。
ただし、反体制派の象徴などというわけではない。神道においては、奉ることにより、怨念は神の力として転化するとされている。つまり、怨念が強ければ強いほど、大きな“御利益”をもたらす神となるということだ。
であるから、神田明神建立以来、平将門は、関東の守護神となったのである。
「そいつも儀装工作だ。十種の神宝を収蔵するためには、それなりの準備を整えなくちゃならねぇ。そのために起こした騒動だ」
「それに、そういう風評を立てておけば、敵に目を付けられることも少ない、っていうことですか」
「そうだ」
だが、さすがに神たるツクヨミには通用しなかったということだ。
「そして、ツクヨミの言葉を信ずるならば、先のヒルコとの――いや、恵比須神との戦いは、全てツクヨミが仕組んだこととなる」
「……ツクヨミは、騒ぎに乗じて十種の神宝を奪い、かつ我々の戦力を偵察してたということですか」
大神の言葉が、場に重くのしかかる。
サタンとの戦いも、二段階の戦いであった。しかし、それは、サタン側の都合とでもいうべきもので、結果として二段階になったにすぎない。
だが、今度は、「帝撃のために」二段階の布石をうってきたことになる。
研究された上に、あの実力。
今までの敵とは比較にならないほど、事態は深刻だ。
「いずれにせよ」
あえて、その重い空気を無視して、米田は話を続けた。
「十種の神宝は、ツクヨミの手にある。奴がこいつを使って何かをしようとしてるってのは間違いねーんだ。なんとしても止めねばならねぇ」
「しかし、神宝の強大な力にどうやって対抗するのですか?」
大神の質問は、米田に向けられたものであったが、答えたのは摂政宮である。
「十種の神宝に対抗できるものが日本にはあります。それは、三種の神器です」
「!!」
一同に緊張が走る。
三種の神器とは、正統天皇の証として伝えられてきた、八尺爾勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)からなる祭器だ。
「帝都を、いや、日本を救えるのは君達しかいない。どうか、よろしくお願いしたい」