「ふぅ。おちつくな」
大帝國劇場の隊長室に入るなり、大神はそう呟いた、
久々の大帝國劇場だが変わりはないし、米田大将をはじめ、椿や由里、かすみといったメンバーも変わりがない。
(また、ここでの生活がはじまるのか)
そう感慨にふけっていると、ドアをノックする音がする。
「はーい。大神は留守ですよ」
「はははは。大神はん。相変わらずな」
「その声は紅蘭か!」
慌ててドアをあける。
「李紅蘭、ただいま花やしき支部から帝國華撃団・花組に復帰しました!」
紅蘭は、花やしき支部長代理として帝劇を離れていたのである。
「元気そうだね。立ち話もなんだから、中に入りなよ」
「あははは。大神はん、うまいなぁ。そう言って何人の女の子を泣かしてきたんや?」
「い、いい!?」
「冗談や。冗談。残念やけど、みんなサロンにおるさかい、そっちで話せぇへんか?」
言われるままサロンに出てみれば、確かにみんなそろっている。
「紅蘭。花やしき支部は再建できたの?」
マリアが真っ先に声をかけた。
「そやね。そこそこ被害はうけてたけど、地下の工房はシルシウス鋼やから、大した事はあらへん。でも、地上の遊園地部分は全損してしもうたさかい、ようやく営業ができるくらいになったとこやね」
「ねぇねぇ、紅蘭」
今度はアイリスだ。
「また、ひみつへーきをつくってよ!」
「おお、いいねぇ」
すかさず、カンナが茶々をいれる。
「空中戦艦ミカサみたいにどかーんとでかい奴をさ!」
ミカサはさすがに修復不能で廃艦となっていた。
「無理いいなさんな。あないに巨大なもん、一年やそこらでできるわけないやろ。翔鯨丸の修理にだって半年かかったんやで」
「ははははは」
笑いながらも大神の表情には一抹の暗さがある。
つまり、現有兵力で戦わなくてはならないということだからだ。
ならば、できるだけの戦力を整えなくては。
「後はすみれくんがくれば、全員だな。彼女はいつ戻るんだい?」
何の気なしに言った大神の言葉だが、座を凍りつかせた。
「……? どうしたんだ、みんな?」
みんなうつむいている。
しばらくの沈黙の後、カンナが口を開いた。
「あいつは……すみれは、俺達を裏切りやがったんだ!」
「なんだって!? どういうことだ?」
他の隊員達はまだ顔をあげず、カンナの言葉を誰も否定しようとしない。多かれ少なかれ、皆、同意しているということなのか。
「マリア。説明してくれ。すみれくんはどうしたんだ?」
「………わかりました」
渋々といった感じでマリアが口を開く。
「隊長が海軍に戻られてすぐでした。突然、すみれさんは花組を辞めると言い始めたのです。その日のうちに米田支配人に辞職願いを出しました」
「それで、支配人は受理したのか?」
「はい。翌日には荷物をまとめて出て行きました」
「帝撃をやめる理由は何だったんだ?」
「それが、何にも聞かされておりません」
「うーん。カンナは理由を知らないのか?」
あるいはと思い、尋ねる。
「けっ。あたいにもなーんにも話しちゃくれてねーよ。ま、話しにきたとしたって、聞いちゃやらねーけどな」
何も言わずに出ていったことが、よほどカンナを傷つけているようだ。
「さくらくん、彼女から連絡は?」
「いえ……。こちらからも何度か連絡したんですが、なしのつぶてで……」
さくらも顔を曇らせている。しかし、どちらかというとすみれに何が起きたかを心配しているという風だ。
「うーん。そうか、そんな事になっていたのか」
「だから、隊長。あんなやつのことなんて忘れちまえ」
カンナはそう言うが、大神は考え込む。
勝利したとはいえ、紙一重であった帝都大戦。
正体不明の敵の実力は未知数。
ならば……
「帝國華撃団・花組は七人で一つ。一人を欠いたままでは、花組じゃないんだ!」
そう言って、大神は立ち上がった。
「大神はん! どこにいくんや?」
「米田支配人のところだ!」
彼はそのまま階段を降り、支配人室へと入った。
「支配人。折り入ってお話があります」
「どうした、大神。恐い顔をして」
「米田支配人。すみれくんが辞めた理由をお聞かせください」
「すみれの辞めた理由か……」
「ご存じなのでしょう? 辞めるのを許可したのですから!」
しかし、返答は意外なものであった。
「理由は……知らん」
「へ!?」
思わずすっとんきょうな声をあげてしまう。
「だって、辞表を受理したのでしょう?」
「おめぇ、辞表には『一身上の都合により』ってしか書いてねぇよ。普通、そういうもんだろう?」
「た、確かにそうですが、口頭で理由を聞かれなかったのですか?」
「聞かなかった」
きっぱりと断言する。
「長官! 理由も聞かずに許可するんですか!?」
「大神」
米田の口調が諭すようなものに変わる。
「嫌がる人間を無理矢理戦わせても無駄だ。いや、いたずらに人命が失われるだけだ。俺はな。今までの戦争でそれを嫌というほど味わった」
米田が参加したのは日露戦争だけではない。日清戦争、台湾征討、北清事変と数々の戦いに従軍している。
それだけに重みがある言葉だ。
「大神よ。すみれが自らの意思をかえない限り、俺にはどうにもできんよ」
「……」
「だが、すみれが翻意するってなら話は別だ」
「!?」
「それに、今日は公演もないし、伝票も全部整理が終わってるそうだ。外出したってかまわねぇぞ」
大神の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます長官!」
勇躍、支配人室を飛び出る。
後に残された米田は、それを頼もしく見送りながら、呟く。
「頼むぞ、大神。神崎の親父を納得させられるのはお前だけだろうからな」
「こ、ここがすみれくんの家か……」
蒸気鉄道と地下蒸気を乗り継いで、やってきたのは麻布だ。そこにそびえるは神崎すみれの自宅。すなわち神崎財閥総帥の私邸である。
「すごいお屋敷ですね……」
一緒についてきたさくらも目を丸くしている。
「けっ。でかけりゃいいってもんじゃねーんだよ」
こちらもやはりついてきたカンナ。なんだかんだいいながら、すみれが気になるのだろう。
「しかし、どっから入ればいいんだ?」
やたらに背の高い門扉のついた正門を見上げる。
「んなもん、ぶっ壊せばいいんだよ!」
「や、やめてくれカンナ。それは犯罪だ」
「チェッ。じゃあ、どうすんだよ」
「正攻法でいこう」
そういうと、大神は正門の脇にある通用門をくぐって屋敷の扉の前に立った。
「失礼します!」
呼び鈴を鳴らすと、老人があらわれた。執事の宮田恭青である。
「私、大帝國劇場の大神と申しますが、神崎すみれさんはご在宅でしょうか」
名刺を取り出し、手渡しする。
そこには「大帝國劇場 職員 大神一郎」と印刷されていた。
「お嬢様ならいらっしゃいますが、何か?」
「ちょっとお会いしてお話したいんですけれども」
「……お嬢様にうかがってまいりますので、お待ちください」
中に入れてさえもらえない。
(まあ、しょうがないか)
女性二人を引き連れ、モギリの服装をした自分。うさんくさく思われているのだろう。
「お待たせしました」
ほどなく宮田が戻ってきた。
「お嬢様はお会いにならないそうです」
「何だって!」
意外な返事に大神は叫んだ。
「本当にすみれくんはいるんでしょうね!?」
「私が嘘をついていると?」
心外な、といいたげな表情だ。
「あ、いや、すまない。大声を出して」
大神は、呼吸をおちつけてから、改めて宮田に問う。
「神崎すみれさんは、お忙しいのですか?」
「いえ。そういうわけではありませんが、大帝國劇場の関係者の方とはお会いにならないそうです。申し訳ありませんが、お引き取り下さい」
これではとりつくしまもない。
やむをえず、大神達は引き上げるしかなかった。
「皆様、お帰りになられました」
すみれは二階の窓から大神達を姿を追いながら、宮田の言葉を聞いていた。
「本当によろしかったのですか?」
「……いいのです。宮田、下がりなさい」
「はい」
宮田が下がらせた後も、すみれは窓から離れようとしない。そして、その肩はわずかにふるえている。
「大神少尉……ごめんなさい」
彼女は、まだ、大神が中尉に昇進したことすら知らない。
「全く。やっぱり裏切ったんだな、あのヘビ女が!」
帰りの蒸気鉄道の中で、カンナはひとしきりすみれの悪口を並べ立てる。だが、大神もそれを止めなかった。彼自身、話に聞いていたとはいえ、実際にすみれの反応を目の当りにすると、ショックを隠しきれなかったのだ。
「大神さん……すみれさん、何か深いわけがあるんですよ」
さくらが一生懸命に大神を力づけようとする。
「ああ、そうだな。今日は駄目だったが、まだチャンスはあるさ」
だが、カンナが異議を唱える。
「何いってんだよ、隊長! あんな奴に振り回されることはない! 花組はすみれがいなくても十分にやってけるさ!」
「………」
丁度、列車が帝劇前につく。
三人が無言のまま列車を降りると、椿が駆け寄ってきた。
「どうしたんだい、椿くん?」
「大神さん! それにさくらさんもカンナさんも大変です! 早く地下へ!」
「!!」
「三人とも、遅いぞ!」
すでに米田以下、他のメンバーは全員集結している。
「申し訳ありません。私の責任です」
「まあいい。外出を許可したのは俺だからな」
それを他人に責任転嫁するほど愚かな米田ではない。
「それよりも敵が現れている」
「なんですって?」
スクリーンに写ったのは明治神宮だ。
「畜生、またミロクか」
「大神。出撃だ!」
「はい!」
各員が神武に乗り込む。
「いくぞ! 帝國華撃団、出撃せよ!」
轟雷号に神武が搭載され、貨車と機関車が連結される。
連結が正常終了をしたことを示す緑灯が点灯した。同時にゴトンという音が響き、線路もろとも轟雷号に角度が与えられていく。きしむような悲鳴をあげて蒸気圧が重力をふりきり、垂直にまで持ち上げられる。
「各部状況全て良好。轟雷号、発進!」
ロックが外れる。同時に蒸気機関が全力運転を開始し、重力とともに轟雷号を急加速させる。
「くっ」
大神が思わずうめく。
久々の轟雷号での出撃だ。その強烈なGを身体が忘れている。
(やれやれ、情けないな)
轟雷号は螺旋を描きながら徐々に水平へと移行していった。
「ほほほほ。全ては順調ね」
ミロクが高らかに笑う。
「そこまでよ!」
六色の煙とともにあらわれる勇姿。
「帝國華撃團、参上!」
神武が戦闘態勢をとる。
「紅のミロク。今日こそ、決着をつけてやる!」
「ほほほほほ。遅い登場の割にはよく吠える。しかし、わらわが手を下すまでもない。いでよ! 黄泉兵(よもついくさ)!」
ミロクの掛け声とともに新たなる降魔が姿を現す。
「大神! 今までの降魔とは違うぞ。過去にもデータがねぇ!」
米田が慌てて通信を送ってくる。
「どうします? 隊長!」
マリアも不安気だ。
「だが、やるしかない。マリア、紅蘭と一緒に援護してくれ。俺があたる!」
「了解!」
「了解や!」
大神は一気に黄泉兵との間合いをつめる。
「そこ!」
「いっくでぇ!」
マリアの蒸気速射砲と紅蘭の霊子カノン砲が次々に黄泉兵に命中していく。他の黄泉兵はさくらとカンナ、アイリスが牽制して、動きを止めていている。
「狼虎滅却・無双天威!」
いきなりの必殺技だ。
実力が不明の敵にはまず、全力をもってあたるというのが、大神が先の大戦で学んだものである。
「どうだ!?」
だが、黄泉兵はまだ倒れない。
「なんて奴だ!」
逆に攻撃をしかけてくる。大神はそれを辛うじて受け止める。
「大神はん! さがりや!」
紅蘭が叫ぶ。
「これが科学の力や! 聖獣ロボ!」
「パールクヴィチノイ!」
紅蘭とマリアの必殺技の直撃をうけ、ようやく、黄泉兵は倒れた。
「お兄ちゃん! 大丈夫?」
アイリスが大神の側にテレポートしてくる。
「イリス・シャルダン!」
アイリスのみが持つ癒しの力が大神の神武を包み、回復させる。
「すまない、アイリス」
「いいの。お兄ちゃんに喜んでもらえば!」
とりあえず、相手の力量はわかったが、想像よりも強力だ。
「全員、防御隊形だ。相手の隙を見て倒していくんだ!」
「了解!」
アイリス、紅蘭、マリアを中心にし、サクラ、大神、カンナが外側に陣取る。前線が防御しながら、後方の安全なところから攻撃を加えるのだ。
だが、強力な敵に、劣勢は否めず、次第におしこまれていく。
「隊長!」
「どうしたマリア」
「相手の動きが変です。どうも我々を、ある場所に追い込もうとしているように思えます」
「なんだって?」
だが、いささか気付くのが遅かった。
固まって防御態勢をとる華撃団の四方に見慣れぬ機械が出現する。
「かかったな、華撃団! 喰らうがいい、我が『鬼雷砲』を!」
高電圧大電流の雷が神武を襲う。
「うわぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁ!」
以前、降魔「蝶」がつかったものとは比較にならないほど強力だ。
「くうっ……破邪剣聖・百花繚乱!」
さくらが辛うじて一基を破壊する。
「みんな、あそから脱出するんだ!」
なんとか鬼雷砲の射程から脱する。だが、ダメージは深い。
「隊長、すいません。撤退します!」
「大神さん、ごめんなさい……」
「お兄ちゃん……」
「大神はん。すんません」
マリア、さくら、アイリス、紅蘭と次々に撤退する。
「どうする隊長?」
戦場に残ったのは比較的防御力の高いカンナと大神だけだ。
「蒸気スタンドへ血路を開くんだ!」
とりあえず、損害を回復しなくてはならない。
だが、その最短経路は当然のように黄泉兵に塞がれている。
「くそ、いけるのか?」
そこに、文字どおりの助け船が入る。
「大神さん!」
「かすみくん!」
神武内の画像通信機に戦闘服姿のかすみが映った。
「翔鯨丸で砲撃します! 距離をおいて下さい!」
「わかった!」
あやめはカンナに翔鯨丸の操縦を教えたが、彼女が神武にのってしまうと操縦者不在となってしまう。そこで、「ミカサ」での経験があるかすみに白羽の矢がたったのである。
「かすみさん! 退避完了、頼みます!」
「了解!」
翔鯨丸が黄泉兵を砲撃する。
地形が変わらんばかりの連続砲撃で、ようやく黄泉兵は弱ったように見える。
「よし、いくぞ!」
乱れた黄泉兵の隊列を突き、まずは蒸気スタンドへと移動し、回復する。そして、改めて黄泉兵へ向かう。
「チェストォ!」
「とりゃぁ!」
それでも、黄泉兵は粘る。
「カンナ! 徹底した一撃離脱だ。俺の後に続いてくれ!」
大神とカンナは機動力を生かし、二機一組であたっていく。一匹を倒せば距離をとり、気を練り直し、再び突入していく。
時間はかかり、体力は消耗するが、これより手はない。
「これで最後だぁ!」
大神の双刀が、ようやく最後の黄泉兵を切り裂いた。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……」
「はぁはぁはぁはぁ……」
大神もカンナも肩で息をしている。体力を消耗しきる直前の、ギリギリのところであった。
「いいざまね、華撃團!」
ミロクは心底、愉快そうに笑う。
「ここで片付けてあげてもいいんだけど、あいにく用事を終えたら早く帰らねばならないからねぇ。ま、この調子ならいつだって、貴方達を倒せそうだしね」
高笑いを残しながら、ミロクは去る。
それを追う余力など、華撃團の誰にも残っていなかった。