第1話 「帝國華撃團・再び」


 太正14年4月。
 南遣艦隊旗艦・戦艦「扶桑」、ガンルーム(士官次室)。

前略
 大神さん。お元気ですか。
 大神さんが海軍に戻られてもう1年になるのですね。
 私たち帝國歌劇團は、みんな元気です。
 先日、笑劇「冒険宝島」の公演を無事終えました。来月の公演は「蝶々夫人」です。
時間もないし、初めての演目なので、台詞も一から覚えなくてはならず、稽古も大変
です。
 でも、やりがいがあるので楽しいです。

 そうそう、舞台以外の話題では、アイリスが、はじめての料理をつくりました。マ
リアさんがつきっきりで教えながらでしたけれども、まだまだ修行が必要なようでは
あります。
 それに大変だったのは、アイリスが大神さんにその料理を送るといってきかなかっ
たことです。なんとか写真で送るということでおさまりましたので、写真を見てやっ
って下さい。
 それでは、大神さんも健康に気をつけて海軍のお仕事、頑張ってください。

真宮寺さくら 

追伸 料理の写真と一緒に打ち上げの写真も同封します。

 帝國海軍砲術科中尉、大神一郎は手紙を閉じた。
 短い文章だが、今月3度目の手紙ともなれば。というよりも、ほぼ毎週のように手紙はおくられてくる。

「よーよー。大神。相変わらず恋人からかい?」

 隣にいた大尉が大神をからかう。

「そ、そんなんじゃないですよ」
「なーに、照れるな。若いうちは多いに恋を語らうべし!」
「き、勤務がありますので、失礼します」

 色恋話を軽く受け流せるほど大神の人生経験は豊富でなかったし、実際に昼食休みは終わろうとしていた。彼はラッタルをかけあがり、艦橋へと昇る。そこにある主砲指揮所こそ彼の勤務場所だ。

「大神中尉、配置に戻ります」

 大艦巨砲主義全盛期のこの時代、砲術科士官は海軍の花形である。それも、戦艦勤務ともなれば、まさにエリート中のエリートだ。
 まして、大神は海軍兵学校を出て2年足らずで中尉任官している。いくら首席卒業といっても空前絶後。帝國華撃團隊長としての功績がものをいっていることをいうまでもないが、海軍は帝都を救った「英雄」――もちろん、その事実が一般に知られることは永遠にない――を、将来の聯合艦隊司令長官として育てようとしているのだろう。

(さくらくんからの手紙で思い出したが、「扶桑」に乗り込んでから、もう一年になるのか)

 あの「帝都大戦」(=黒之巣会からサタンに至る一連の騒動の俗称)が終わり、平和が戻った太正13年4月。大神は開店休業となった帝撃から海軍への復帰命令をうけた。そして乗り組んだのが、この戦艦「扶桑」である。
 ちなみに太正4年に竣功し、最新鋭艦に比べれば劣るとはいえ、堂々たる帝國海軍の主力艦の「扶桑」が南遣艦隊−−トラック島を母港とする艦隊に組み込まれたのには理由がある。表向きは南洋方面への警備力強化だが、事実は「帝都大戦」により呉軍港に次ぐ規模を誇る横須賀軍港が損害を受けたため、艦艇の一部を外地へ展開せざるをえなかったのである。

(それにしても平和だなぁ)

 南洋の青い海。
 そこを「扶桑」は14ノットで切り裂き、白い航跡を残していく。
 反対の左舷を見やれば、護衛の駆逐艦「峯風」の姿もある。

(この平和がいつまでも続けばいい)

 意外に思われるかもしれないが、一般に軍人は平和を愛する。なぜならば、戦争になれば真っ先に死ぬのは彼らだからだ。
 ましてや、自ら勝ち取った平和なのだから。

「ん!?」

 大神の目に海面が変に盛り上がるの見えた、と感じた次の刹那。次々と異形のものどもが飛び出してくる。

「あれは……そんな、馬鹿な!?」

 見間違えようもなかった。  毎日のように死闘を繰り広げた相手だ。

「降魔が、なぜ出現する!」

 海中から飛び出た降魔は、瞬く間にその数を無数とも思えるほどに増やす。

「な、なんだアレは!?」

 あれだけの騒動があったとはいえ、「降魔」というものを把握している人間はほんの一握りにすぎない。「扶桑」の首脳部も事態を把握できないうちに、降魔は甲板へと降り立つと、「扶桑」の船体へと攻撃を加え始めた。

「そ、総員、白兵戦用意! 迎撃せよ!」

 まるで帆船時代かと思わせる号令がかかり、乗組員達は銃や剣をとって、甲板に出て行く。

「駄目です、艦長!」

 だが、大神はその命令を翻意させようとする。

「やつらに通常の攻撃はききませんし、「扶桑」の装甲では持ちこたえることもできません!」
「なぜ、それが君にわかる?」

 「扶桑」艦長、高橋三吉大佐はそう反問した。彼とて、大神が帝國華撃團隊長であったことは知らない。

「それに、君のいう通りだとしても、帝國軍人たるもの、一戦も交えることなく陛下から預かった艦を放棄することなどできん!」

 高橋の判断は軍人として、むしろ一般的なものだろう。

「わ、わかりました」

 大神も軍人だ。命令を無視することはできない。

(だが、攻撃するならば、効果のある攻撃をしなければ)

 大神は艦橋を出ると、一旦、自室に戻った。そして、二振の日本刀を取り出す。
 帝撃時代、護身用に用意しておいたものを、私物としてもちこんでいたのだ。
 魔神器を用いて「大和」を封印した後、降魔があらわれることはなかったが、それでも、大神は備えを怠っていなかったのである。

「治にいて乱を忘れず、か」

 かつて米田司令に教えられた言葉を呟きながら通路を走る。その間にも爆発音が艦を揺らした。

「状況を知らせ!」

 ようやく甲板にたどりつい大神は、手近の水兵を掴まえて問うた。

「駄目です。やつらには弾は確かに命中しているのですが、効きません! それに「扶桑」の装甲が紙のように破られてます!」

 三八式歩兵銃の6.5mm弾ごときでは、降魔は蚊に刺されたほども感じないだろうし、シルシウス鋼すら傷つける彼らの攻撃の前には、最大305mmの「扶桑」の装甲も簡単に引き裂かれてしまう。
 あまりの無力さに、迎撃に出た水兵達は恐慌をきたしかけている。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 一人の水兵に降魔が迫る。銃の引き金を盛んに引くが、弾は出ていない。弾薬切れになっているのにも気付かないくらい動転しているようだ。逃げることすら忘れている。

「くそ、させるか!」

 大神はその降魔と水兵の間に割って入った。

「下がってろ!」

 水兵に声をかけると、二本の刀を構え、気合をこめる。

「狼虎滅却・無双天威!」

 霊子甲胄なしでも大神のもつ霊力が変わるわけではない。下級降魔に対抗できるだけの攻撃力はある。
 降魔は文字通り一刀両断された。

「次!」

 当たるを幸いに次々と降魔に切りかかる。

「うぉぉぉぉぉ!」

 鬼気迫る大神だが、いかんせん敵の数が多すぎる。まして生身。防御力は格段に劣る。それを身軽さで補っているが、限界はあった。

「中尉、後ろです!」

 降魔の爪が背後から大神を襲う。それに水兵の声で気付き、かわそうとするが、紙一重で間に合わない。

「くそ、軽く触れただけというのに……」

 彼の左腕に三条の深い傷ができる。白い軍服がたちまち血に染まった。大神は激痛に思わず剣を落とし、片膝をつく。

「くそ……」

 動きの止まった大神を降魔がぐるりと取り囲む。もはや逃げ道はない。

「ほっほっほっほっ。いい気味ね。大神一郎!」

 突然、上空から女の声が響く。

「誰だ!?」

 見上げれば、空中に人影がある。そして、その女には見覚えがあった。

「貴様は……生きていたのか、紅のミロク!」

 黒之巣死天王の一人として帝國華撃團と戦った彼女は、天海のつくりあげた六破星降魔陣の発動の際に行方不明となり、死んだと思われていた。

「そうよ。あなたたち帝國華撃團に復讐するまでは死んでも死にきれないわ。雌伏一年と半年。あるお方の力を借りてようやくそれが実現するのよ!」

 ミロクは満足そうな笑みを浮かべる。

「さあ、大神一郎! あなたから血祭りにしてあげるわ!」

 取り囲む降魔達がジリジリと間合いをつめてくる。
 大神は立ち上がり、剣を握りなおす。
 だが、戦力差がありすぎる。

(これまでか……)

 だが、ただでは死なない。一匹でも多くの降魔を道連れにしてやる。
 そう、覚悟を決めた時だった。

「破邪剣征・百花繚乱!」

 突然の炎が降魔を一掃する。

「この技は!」

 炎が出た方向を振り替える大神の目に写ったのは懐かしい姿。

「帝國華撃團、参上!」

 「扶桑」の甲板に「神武」の勇姿がある。

「大神さん。大丈夫ですか!」
「さくらくん!?」
「大神少尉……じゃなかった中尉! 中尉の神武ももってきてるぜ。はやく乗り込んでくれ」
「カンナ!」
「さあ、はやく」
「わかった!」

 純白の神武。
 あの帝都大戦以来、久々に乗る愛機だが、違和感はない。

「中尉!」
「マリアか!」

 大神が転属になった後、帝撃の隊長代理となり、指揮をとっていたのはマリアである。

「指揮権を返上します。帝撃の隊長は、あなたをおいて他にはいません」
「……わかった。大神海軍中尉、これより帝國華撃團の指揮をとる!」
「お兄ちゃん! しっかりやってよ!」
「まかせとけ、アイリス」

 あらためて降魔達に相対する。

「マリアは現地点を確保! 蒸気速射砲で後方から支援してくれ」
「了解!」
「カンナは左翼から主砲を盾にして降魔を掃討! アイリスはカンナを援護しろ」
「おうよ!」
「アイリス、頑張るよ!」
「さくらくんは俺と一緒に中央にいくぞ!」
「はい!」

 大神の命令一下、帝撃は瞬く間に降魔を打ち倒していく。

「くそぉ。なんたることだ」

 ミロクは思いもかけぬ神武の登場に明らかに動揺していた。何ら手をうてないでいる。

「パールクヴィチノイ!」
「破邪剣征・百花繚乱!」
「狼虎滅却・無双天威!」
「イリス・シャルダン!」
「四方攻相君!」

 各人の必殺技が飛び交う。
 今まで出撃がなくてたまっていたものを一気に掃き出すような暴れっぷりだ。

「よし、さくらくん。仕上げだ!」
「はい!」

 大神とさくらの神武が手をとりあう。

「瞳に写る輝く星は」
「みんなの明日を導く光」
「今、その光を大いなる力に変えて」
「破邪剣征・桜花乱舞!」

 二人の声が響くと同時に、桜の花びらが舞い散る。
 そして、降魔は一掃された。

「くそ……覚えておれ!」

 それを見たミロクは捨て台詞を残して姿を消した。
 「扶桑」から脅威は取り除かれたのである。

「それじゃいくわよ!」
 さくらが音頭をとる。

「勝利のポーズ………決めっ!」

「大神さん。大丈夫ですか?」

 翔鯨丸艦上。大神は医務室にいた。傍らにはさくらがいて、彼の左腕を治療している。

「……ひどい傷!」

 大神の左腕には三本の深い傷がある。ぱっくりと開いた傷口は、鋭利な刃物で切り付けられたかのようだ。

「大丈夫。応急処置で血は止まったからね。骨まではやられてないから、完治までそう時間はかからないよ」
「本当ですか?」
「ああ。嘘をついてもしょうがないだろう」
「よかった……」

 その言葉を聞いて、ようやくさくらが落ち着きを取り戻す。

「大神さんにもしものことがあったら、わたし………」
「さくらくん……」

 見つめあう瞳と瞳。やがて、二人の顔は近づいていく、とその瞬間。

「よ、さくら! 隊長の治療は終わったか?」

 カンナが勢いよく飛び込んできた。

「ん? どうした二人とも? そっぽむきあっちゃって?」

 大神とさくらは反射的に首を捻っていた。

「ま、いいや。それより隊長。ブリッジにきてくれよ。みんな待ってるぜ」
「わ、わかった。今、いくよ」

 この場に居続けるのもなんとなく気恥ずかしく感じた大神はカンナに誘われるまま、立ち上がった。

(もう。折角、二人きりだったのに!)

 心ではそう叫びながら、さくらもブリッジへ行くより仕方がなかった。

「中尉。お久しぶりです」
「お兄ちゃん!」

 大神を囲むようにしてマリア、カンナ、アイリス、そしてさくらが笑顔を並べている。このメンバーが現在の花組のフルメンバーだ。
 彼らは1年ぶりの再開をひとしきり喜びあった。

「みんな元気そうで何よりだよ……でも、何でこんなところに君達がいたんだ?」
「え、それはその……」

 大神が最大の疑問をぶつけるが、さくらは答えをいい淀む。いぶかしげに思い、もう一度問いなおそうとした時、映像通信が割って入った。

「大神。それには俺から答えてやろう」
「米田長官!」

 それは米田大将だった。こちらも、帝都大戦の功労で昇進している。

「実はな。お前に辞令がでている。帝國華撃團の隊長に復帰せよ、というな。花組のやつら、それを聞いたら、迎えに行くってきかなくてな。翔鯨丸でお前を連れ戻しに行ったってわけさ。いや、色男はつれぇなぁ、大神よ」
「ちょ、長官。からかわないでください!」
「だーはっはっはっはっ。まあ、いい。貴様は今日から帝國華撃團・花組の隊長に復帰だ。また、頼むぞ」
「はっ」

 そこで通信は切れた。

「隊長復帰か……」

 大神は考える。
 大神を隊長に復帰させるというのは、何かしらの予兆があってのことだろう。実際、先程のミロクの出現はそれを裏付けいていた。
 何かがおころうとしている。
 そして、それは再び戦争が始まることを意味しているのだろう。
 ことによると前よりも厳しい戦いが待ち構えているのかもしれない。

(だが……)

「中尉。よろしくお願いします」
「隊長。前みたいにビシッといこうぜ!」
「お兄ちゃん。アイリス今年は12だよ! 前よりもっと頑張るからね!」

 マリアが、カンナが、アイリスが、次々と歓迎の言葉を伝える。

(だが、彼女達と一緒ならば)

 どんな困難も乗り越えてゆけるだろう。
 大神は確信した。
 その理由は、4人の最後に口を開いたさくらの言葉に集約されている。

「大神さん……お帰りなさい」

 そう、大神は彼のいるべき場所に帰ってきたのだから。


次回予告
目次に戻る