Act6-4
一時間後。
花組の姿は翔鯨丸上にあった。
大神は僅かな暇を見つけて通路に出ると、そこで煙草を吸っていた。
「大神さん」
そこにさくらが顔を出した。
「珍しいですね。大神さんが煙草を吸うなんて」
「ああ。ごめんごめん」
この時代、煙草の害については明らかになっていなかったから、ほとんどの成人男子は煙草を吸っていた。大神も例外ではなく、士官学校時代は嗜好品として煙草をふかしていた。
だが、帝國華撃團に転属になって以来、その本数はめっきりと減っている。煙草の匂いが花組の面々、特に髪の長いさくらや紅蘭にうつってしまうのを恐れたためだ。
「あやまらなくていいんですよ、大神さん。それに、私は煙草の匂い、嫌いじゃないですから」
「あれ? さくらくんは煙草は吸ったことないよね」
「当たり前じゃないですか。私はまだ成人してないんですよ。でも、お父さんが、よく煙草を吸ってたから」
「なるほど。父上の匂いっていうわけだね」
「ちっと違うかな。一番、親しい人の匂いなんですよ」
そう言って、さくらはやや顔を赤らめる。
「さくらくん……」
鈍感な大神もさすがに気づいた。
無言の時が流れ、見詰め合う二人。
それに耐え切れなくなったのは大神の方だった。照れくさくなって話題を強引に変えていく。
「それにしても、帝都は酷い有り様だ」
まだ帝都大戦の傷も癒えぬ帝都に、黄泉兵があふれようとしている。
眼下にはそれを目の当たりにすることができた。
「本当ですね……」
さくらも心配気に街をみつめる。
「なんとしてもヒルコを倒さねば!」
大神が力強く言う。だが、さくらはそれに疑問を投げ掛けた。
「本当に、ヒルコを倒すしか方法はないんでしょうか?」
「当たり前じゃないか。ヒルコを倒せば、黄泉平泉坂は消え、黄泉兵達も冥府へ戻る。帝都を守るにはそれしかないんだ!」
「けど、ヒルコが術を止めさえすればいいんでしょう? 倒すだけが方法じゃないと思います」
さくらは引かない。
「さくらくん。戦うのが怖くなったのか? それとも、帝都を守ることをやめてしまうのか?」
自然と大神も詰問口調になっていく。
「そんなんじゃありません! でも、守るために戦うことって……本当に正しいんでしょうか?」
「なんだって!?」
「私達が帝都を守るように、ヒルコだって守るものがあって戦っている、大神さんはそう思ったことはないんですか?」
大神も一瞬、返事ができない。
「私、ヒルコの言うこともわかるんです。生まれてすぐに捨てられてしまった苦しみや恨み。感情をもっているなら、当たり前じゃないですか」
「だから、ヒルコを見逃せたというのか?」
「違います。救ってあげたいんです。このままじゃ、ヒルコが可哀相です」
さくらの強い語調に、大神は諦めたようにかぶりをふった。
「さくらくん。僕は眼下の、この瞬間にも苦しんでいる人々こそ救いたいよ」
寂しそうにそう呟き、表情を変えた。それは花組には見せたことのない、人間的感情を押し殺した表情だ。
「真宮寺くん。我々、帝國華撃團・花組は全力でヒルコを倒す。隊員の作戦行動方針に例外は認めない」
「……それは命令ですか」
「そうだ。帝國華撃團・花組隊長、大神一郎帝國海軍中尉としての命令だ」
それだけ言い終えると、大神は踵をかえし、その場を去っていく。
さくらはそれを追おうとはしなかったし、する気もなかった。
一つだった二人の心が、今はもう、通わない。
次へ
目次へ
TOPへ