Act5-7
「本当に大丈夫なのかい?」
無理矢理後席に乗せられた大神の顔はひきつっている。
「うちを信用しぃ!」
霊子機関により始動した発動機により、紅神号はゆっくりと移動をはじめる。
「紅蘭。滑走路はどこにあるんだい?」
「こっからいくんや!」
倉庫の扉が開いた。その先はトンネルとなっており、ゆるやかな坂が続いていた。機体はそれを登っていく。
出口の光が次第に迫り、やがて陽光の中に紅神号は飛び出した。
「こ、ここは!」
それは地下鉄浅草駅脇の一般道だった。
「大神はん。黙っててーや。舌噛んでまうで!」
紅蘭は構わず発動機の回転をあげた。しかし、機体はまだとびあがらない。
「紅蘭! 前!」
正面から、蒸気自動車が接近している。
「わーってる。けど、今更、方向転換もできへん」
そんなことをしたら、左右の建物に突っ込んでしまう。そして、ブレーキをかけても間に合う距離ではない。だが、機体はなかなか離昇しない。
「南無三!」
アイリスが映画館を壊して依頼の惨劇を想像した大神が目を閉じた刹那、荒れた日本海で下から波に突き上げられたような、しかしそれよりも優しい、妙な感覚が彼を包んだ。
「!?」
恐る恐る閉じていた目を開ける。その視界に映ったのは、青い空。慌てて首を捻れば、眼下に街がある。
紅神号は飛んでいるのだ。
「やったじゃないか、紅蘭!」
「あたりまえや! うちがつくったもんやで!」
だから心配なのだとは、口が裂けても言えないが、ともかく飛行は順調だ。
「じゃあ、ちーとばかり遠出してみましょか」
「初飛行なんだし、あまり無理しないほうが……」
「もう、大神はんは心配症やね。うちにまかせとき!」
結局、大神の意見など聞くつもりはないのである。
紅神号はゆっくりと帝都上空を舞う。大神も紅蘭も翔鯨丸で数え切れないほど飛んできた。しかし、翔鯨丸は飛行船、“吊り上げられている”という感覚だ。それに比べると、航空機は“飛翔している”という感覚である。
「うーん。気持ちいいなぁ」
頬をうつ風。発動機から流れる煤煙。
「そやろ? うちも気分は最高や!」
それは決して初飛行の成功からだけきてるものではない。
「さて、大神はん。これからどないします?」
「そうだなぁ。燃料はどうなんだい」
「まだまだ大丈夫やで。全速でいったって余裕や!」
「それじゃぁ……」
と、言いかけたところで、機体に据え付けられた無線機が唸りをあげた。
『大神! 聞こえるか!』
「米田長官!」
軽量化のため、音声のみの短波帯無線機だから、音質は悪いが、実用に問題はない。
『大神。早く戻ってこい。泉岳寺に黄泉兵があらわれた!』
「なんですって!」
『ともかく、貴様らが帰ってきたらすぐに出撃できるように準備をしておく。急ぐんだ』
大神は米田の言葉を聞きながら、瞬時に所用時間を計算していた。
(駄目だ。遅すぎる!)
大神達が花やしき経由で帝劇に戻るのをまち、それから現場にいくのでは、時間がかかりすぎる。
「米田長官。先に花組を出撃させて下さい。指揮はマリアに。俺と紅蘭の神武ももっていくいようにお願いします」
『どうする気だ?』
「現地集合です。詳細は説明している暇はないでしょう」
『わかった。貴様に任せるぞ』
米田との通信は切れた。
「大神はん。どうするんや?」
「紅蘭。このまま、泉岳寺に向うんだ」
「なるほど。わかったで!」
祝11型が唸りを上げ、紅神号は翼をひるがえした。
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