Act5-4

「ああ! 中尉ったら、あんなにくっついて!」
 金切り声で叫ぶすみれを始めとした残りの花組の面々である。
 花やしきは遊園地部分もれっきとした帝撃の施設だ。となれば、それ相応の監視態勢が整えられているのは当然である。そして、帝撃総司令部たる帝劇地下司令室で花やしき各所に設置された監視装置の映像を見る事ができるのもこれまた至極、当然なのである。
「もう。お兄ちゃんたら。お兄ちゃんの恋人はアイリスだけだよ!」
 と怒ってはみても、帝劇を勝手に離れるわけにはいかない。紅蘭と大神は花やしき支部に新装備の打合せにいくということで外出許可をもらっているのである。
「さあ、大神はん。順番やで」
 大荒れの花組とは関係なく、大神と紅蘭は無事に弾丸列車に乗り込んだ。
 列車の全ての席をうめると、ガタンという音をたてて留金が外れる。滑るように動き出した列車は最初の坂の下で一瞬停止するが、チェーンにより、ゆっくりと坂を登りはじめる。
「さあ。これからやで!」
 坂の頂点を極めた列車は、突然、その位置エネルギーを運動エネルギーへと変換しはじめた。
 鉄のレールを軋ませながら、狭い園内を列車は駆け回る。
「う、うわ、うわ、わわわわわぁーっ!」
 この悲鳴は大神のものである。隣でケロッとしている紅蘭が苦笑するほどだ。
「なんや、大神はん。だらしないなぁ」
 案の定、列車を降りるやいなや、紅蘭につっこまれた。
「いやぁ。なんか、こういうのは苦手みたいだよ」
「苦手って、海軍の駆逐艦の方がよっぽど速度が出るんやおまへんか? 第一、毎日のように轟雷号にのってるやない!」
「いや、確かにそうなだけど、体感速度ってのが違うというべきかなぁ」
「大神はんも意外なところに弱点があったもんやなぁ」
 他愛もない会話。
 これでは、まるでデートである。
「おや、紅蘭さんじゃないですか」
 花やしきの職員――すなわち、帝撃月組の隊員が話し掛けてきた。
「あっ。これは大神隊長もご一緒でありましたか!」
 陸軍上がりの月組隊員は、思わず敬礼をしかける。年齢や園内清掃をさせられているところから見ても、まだ帝撃に入って日が浅いのだろうということが見て取れた。
「そう固くならなくてもいいよ」
 苦笑しながら大神は言う。それは、彼に対する苦笑ではない。かつて日露戦争や日清戦争、あるいは維新の英雄に憧れていた自分が何時の間にか、憧れられる対象になりつつあるという現実に対する苦笑だ。
 大神は自分がそんなに偉いことをしたとは思っていない。ただ、無我夢中で突き進んでいただけにすぎないと思っているのだ。
「それにしても、今日は何でこちらへ?」
「あ、そやった。肝心なことを忘れるとこやったで!」
 紅蘭がポンと手を打つ。
「早速、地下にいくでぇ! うちのものすごい発明もあるさかいな!」
 大神も花やしき支部にはあまり詳しくない。紅蘭に先導されるままに、歩いていく。
「え、ここに入るのかい?」
 それは、お化け屋敷と書かれた建物であった。
「そや。いくで!」
 さっさと中に入っていく紅蘭を慌てて大神は追いかけていく。
「うわ……」
 薄暗い館内では、蒸気仕掛けのお化け達がうごめいており、なかなかに迫力がある。
「大神はん。こっちやで」
 紅蘭は人影のない順路の脇へと手招きしている。
「いったい、何をしようというんだい?」
「まあ、みとき!」
 順路脇の見えにくいところにあるお墓の卒塔婆を、紅蘭はレバーを動かすように操作する。すると、墓石は静かに滑っていき、地下への階段が現れた。
「ほな、いこうか!」
 呆気にとられていた大神もその声で正気を取り戻し、地下へと降りていく。
 やがて、明かりが見えてきた。それを目指して歩を進めれば、花やしき支部地下工場へ到着だ。

次へ
目次へ
TOPへ