Act5
天気晴朗風強シ

「大神はん」
休演日の朝のサロン。紅蘭は楽しそうに大神に呼びかけた。
「な、なんだい紅蘭?」
対照的に大神は顔が引き攣っている。
「今日はいい天気やねぇ」
「そ、そうだね」
「絶好の実験日和だとは思わん?」
大神は実験なんて、どうせ部屋の中でやるんだから、天気なんて関係ないじゃないかと思ったが、それを言葉に出すほど命知らずではない。
「じゃあ、大神はん。約束を守ってもらいましょか」
 過日のアイリスの騒動で紅蘭の新型蒸気バイクを海底へと沈めてしまった代償として、実験の手伝い――実験台となる約束のことである。
 大神は思わずさくらにすがるような視線を送った。
「……約束だから、しかたないですね」
 だが、女神も彼を見放した。
「ほな、大神はん。いきましょか!」
「とほほ……」
 がっくりと肩をおとしながら大神は紅蘭の部屋へと消えていく。
 それを苦笑いしながら見送ったさくらだが、すみれはそれではおさまらなかった。
「ちょっと、さくらさん。あんなに簡単にいかせていいんですの?」
「だって、約束したんですから、しょうがないじゃないですか」
「もう、これだから田舎娘は困りますわ。いいですこと。紅蘭はちんちくりんで眼鏡で貧相とはいえれっきとした女性。ましてや大神中尉はあれだけ魅力的な男性ですわ。若い男女が長い間、密室で二人っきり。何か間違いがないとも限りませんわよ」
「そ、そんな間違いだなんて、大神さんに限って……」
 とはいいつも、急速に不安になってくる。
「確かに中尉はそうかもしれません。でも、紅蘭なら、妖しげな薬を使わないとも限りませんわ!」
 ひどいいわれようだ。
「で、でもどうするんですか?」
 さくらものせられてしまった。
「監視するんですわ! 」
 盗み聞きしようというのだ。
「すみれ。やめておきなさい!」
 一部始終を聞いていたマリアがたしなめるが、それぐらいでひるむたまではない。
「みなさん、行きますわよ!」

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