Act4-2

 公演がはじまる時間が近づいてきた。
 一見、普段と変わらぬ様子だ。しかし、大神をはじめ、帝撃三人娘や米田すら玄関付近に待機している。
「あ、あれじゃないですか?」
 椿の指さす先からは帝國に何台もない英國製高級蒸気自動車、ロールスロイスがやってくる。
 やがて、その車は帝劇の正面でとまった。そして、扉が開くと端正な顔立ちの男女が降り立つ。
「ようこそいらっしゃいました」
 大神が頭を下げる。
 シャトーブリアン夫妻は仏政財界の大物であるとともに、帝國華撃團の経済的支援者でもあるのだ。扱いは丁重にならざるをえない。
「ボンジュール。ムッシュ・オーガミ」
 アイリスの父、アレクサンドルは初対面のはずの大神に話しかけた。
「貴方のことはイリスから聞いていますよ」
 英語でアレクサンドルが続ける。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
 大神も英語で答えた。
 世界各国を巡る可能性の高い海軍では士官学校でも英語教育が重視されていたおかげである。
「イリスの事、これからも末永くよろしく頼みますわね」
 これは、アイリスの母、ジョセフィーヌだ。
「は、はい」  ジョセフィーヌの言葉にものすごーく、ひっかかるものを感じながらも、頷くしかなかった。
「私、信じてるわ! 世の中には本当に悪い人などいないのよ!」
 アイリスが主役の舞台が進んでいる。両親を意識しているのだろう、一段と気合が入っている。
「彼女がフラウ・マリアだね」
「はい」
 貴賓席のシャトーブリアン夫妻の傍らには大神が立ち、説明係になっている。
「おじいさま! 私のおじいさまなのね!」
 やがて、舞台は大団円を迎える。
 拍手がなりやまぬ中、再び幕があがる。大きな羽根飾りをつけた花組の面々がステージに設けられた階段を降りてくる。
「素晴らしい、素晴らしい!」
 アレクサンドルもジョセフィーヌも立ち上がって拍手を送っている。
「大神さん。ありがとう。あのアイリスが、あんな笑顔をできるようになるなんて……」
 ジョセフィーヌは大神の手を固く握る。
「思えば、不憫な娘でした。『力』があるために、他の子供達に馴染むことができず、また、私達もあの娘をどうあつかっていいかわからずにいました。いとおしくてたまらないのに、愛し方がわからなかったんです」
 大神もそのあたりの事情は聞いている。
「自然に、あの娘は一人で部屋に閉じこもるようになってしまいました。そして、心さえも閉じこもるようになってしまったのです。でも、ここでは、本当に自然に笑っています。本当にありがとう!」
 ジョセフィーヌの言葉にアレクサンドルもうなづく。
「私からもお礼をいわせてくれ」
 そう言って頭を下げる。
「いえ、そんな……!」
 大神はあわててかぶりを振った。
「私の力ではありません。花組をはじめとする帝劇のみんなの力です」
「わかった。それでも、もう一度、言わせてくれ。ありがとう……」
 気付けば回りのお客はかなり減っていた。話し込んでいるうちに大分、時間がたってしまったようだ。
「シャトーブリアン伯爵。いきましょう。アイリスが待ってますよ」

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