Act4
混乱・迷走・右往左往!

「うーん」
 朝の帝劇。
 大神はサロンでコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。
 いくら海軍が洋式だとはいえ、これは帝劇で身についた習慣である。すみれの影響が大きいといえるだろう。
「獨逸(ドイツ)は大変な有り様のようだな」
 帝撃隊長となってから、大神は広く世界へと目を向けるようになった。
 帝都を、ひいては帝國を護る部隊を率いるためには、ありとあらゆる情報にアンテナを張り巡らせておく必要がある。そう自覚した彼は誰に強制されることなく、代表的な新聞を毎朝、全て読むことにしていた。
 そして、今日の帝都日日新聞には世界大戦――この当時、第二次世界大戦=大東亜戦争は勃発していないから、世界大戦といえば第一次世界大戦をさす――に敗北した獨逸が経済的大混乱に陥っていることが報じられている。
(しかし、一歩間違えば、帝國も……)
 今の日本には政治経済の拠点たれる都市は唯一、帝都をおいて他にない。敵の撃滅うんぬんもさることながら、帝都を破壊されぬように細心の注意を払わねばならないだろう。
「お兄ちゃん。おはよー!」
 そこに明るい声がする。
 ジャンポールを抱えたアイリスだ。
「おはよう」
 新聞から目を離し、アイリスを見る。
「アイリス、何か楽しいことがあったのかい?」
「えー。お兄ちゃん、アイリスの心、読めるのぉ?」
「はははは。そうじゃないさ」
 喜怒哀楽のはっきりしているアイリスだ。誰が見ても一目瞭然である。
「で、何があったんだい?」
「あのね。今日、おとーさんとおかーさんがくるの!」
「ああ、そういえばそうだったね」
 フランスからアイリスの両親がくるという話は大神も聞いていた。ただ、それが今日だということはすっかり失念していた。
「アイリスのご両親って、どんな感じなのかな?」
「こんな感じ!」
 アイリスが大神の読んでいた新聞の裏面をさしている。
「え!?」
 事情が飲み込めない。
「だから、ここにのってるのがアイリスのパパとママなの!」
 慌てて新聞を見れば、そこにある写真には、確かに「シャトーブリアン公爵」の文字がある。

『仏國公爵来日』
 仏國のアレクサンドル・ド・シャトーブリアン氏と夫人が今日、来日する。
 氏は仏國政財界の大物、マクシミリアン・ド・シャトーブリアン公爵の嫡子
にあたり、まだ若いながら、公爵に負けず劣らぬ英傑といわれている。
 氏は、今回の来日を私的なものであるとしており、公式に政府要人らと面会する予定はたてられていない。しかし、非公式な接触は十分に考えられ、氏の動向が注目される。

(そういえば、アイリスの本名はイリス・シャトーブリアンだったけ)
 記事を読み終わった大神は驚きを隠しきれない。名家の出だとは聞いていたが、ここまでとは。
「それでね。今日のお芝居、見てくれるんだ!」
「そうか。じゃあ、がんばらなきゃね」
「うん!」

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