Act3-3

「よっ。隊長! メシでもくわねぇか?」
 食堂にあらわれた大神を迎えたのはカンナだった。
「か、勘弁してくれよ。二人分の食事をしてきたばかりなんだから」
 結局、大神はさくらとすみれの弁当の両方を残さず食べさせられたのである。
 さすがに、胃が破裂しそうだ。
「カ、カンナ。胃薬とってくれ」
「あいよ」
 太正漢方胃腸薬を飲んで、ようやく大神は一息ついた。
「やれやれ。さくらくんとすみれくんにも参るよ」
 うんざりした表情でカンナに愚痴をこぼしはじめる
「ははは。いいじゃねぇか」
「人事だと思ってるだろう」
「そんなこたぁねぇよ」
「どうして、女ってのはああなんだろう」
「おいおい隊長。あたいだって女だぜ」
 呆れたようにカンナが言う。
「ああ、悪い、悪い。カンナ相手だと、どうもそんな気がしなくて」
「ちぇっ」
 実際、大神はカンナのことを男友達のような、よき友人――親友だと思っている。
 だが、カンナの大神を見る目はそうでない。
「やれやれ。ようやく、腹が落ち着いてきたよ。腹ごなしに地下にいって運動してくるか」
「あ、待てよ、隊長。あたいもつきあうぜ」
 二人は地下のトレーニングルームへと降りる。
「隊長。今日は自由組手をしてみようぜ」
「自由組手ぇ!?」
 自由組手とは、通常の組手のように技の打ち合わせをせずに行われる組手であり、より実戦に近いものである。
 ただし、ここでは寸止空手である。
「腹がふくれてるんだろ。激しく運動しなきゃ、へっこまねぇぜ!」
 そういうと、カンナは構えをつくる。
「いくぜ!」
「わ、わわわ!」
 問答無用の攻撃に慌てて対処する。
 牽制気味の突きを体を退かせてかわす。すかさず左の蹴りが襲ってくるが、これはガードする。そして反射的に蹴りをだすが、これはあたらない。
「なんでぇ。やっぱり、やる気まんまんじゃねぇか」
 冗談ではない。
 カンナの強力な技をまともにくらってはたまらないから、大神は対応しているだけである。
「ほら、続けていくぜ!」
 正拳、裏拳、前蹴り、回し蹴りと変幻自在の技がおそってくる。大神は防戦一方だ。
(くそ。何とか反撃の糸口を掴まなくては!)
 なんだかんだいっても、負けず嫌いの大神も本気になっている。
(くる!)
 カンナの左脚が動き始めるのが見えた。左上段蹴りのモーションだ。大神はそれをかいくぐっての正拳を狙って身をかがめながら、踏み出す。
 しかし、それは誘いだった。狙った通りの動きをしてきた大神めがげて、本命の右の中段蹴りだ。
「うわぁ!」
 だが、それがあたる以前に大神の踏み込んだ足がすべった。やはり食べ過ぎで身体が思うほど動いていないようだ。大神は仰向けに倒れこむ。だが、それが幸いした。カンナの蹴りは空を斬り、転げた大神の足先はカンナの顎先で停止している。
「ま、参った!」
 偶然だが、形としては大神の一本である。
「まさか、隊長にあんな技があるとは。空手は花組で一番だ、なんて思ってた自分が恥ずかしいぜ」
「い、いや、偶然だよ」
「そんなこと言うなよ!」
 カンナは猛然と言う。
「偶然に負けたんなら、霧島流の立場はどうなるんでい? 変ななぐさめはよしてくれ!」
「あ、ああ……」
 あまりの剣幕に、大神は何も言い返せない。
 大神にしてみれば、「たかが組手」であるが、カンナとすれば、自己の存在に関る問題である。その剣幕もやむをえないだろう。
「……隊長。そろそろ稽古にいくから」

 公演がはじまった。
 お客の入りも一段落し、モギリから開放された大神は舞台の袖に向かう。
 今日は「魔界転性」の初公演日だ。魔術により、性別が入れ代わるという喜劇仕立ての恋愛劇だ。
「隊長か。公演の邪魔するなよ」
 カンナが出迎える。丁度、カンナ以外の全員が登場している場面だ。
 大神は袖からそーっと覗き見る。
「うわぁ。マリアが!」
 マリアはさくらと性別がいれかわって、中身が女になるという設定だ。そのため、マリアは女の子らしい衣装をしている。
(やっぱり、マリアはああいう服も似合うじゃないか)
 以前、衣装室で、さくらの町娘の衣装を合わせていたマリアを思い出して、大神は微笑ましくなった。マリアも生き生きとして演技しているように見える。
(さくらくんや、すみれくん、紅蘭もいつもと違うなぁ……)
 さくらは男モノの衣装だし、すみれと紅蘭も性別が入れ代わっている設定だから、男っぽいすみれに高飛車な紅蘭になっている。アイリスだけはさくらの妹役だから、あまり変わらないが。
「なんでぇ。みとれちゃって」
「いや、みんないつもと違うからさ」
「ちぇっ。どうせあたいはいつもと同じだよ」
 カンナは性別の入れ代わりがない、いつもと同じ感じの男役だ。
 おまけに先程の組手の機嫌の悪さを引きずっているらしい。
(こりゃ失敗したな……)

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