Act3
淑女登場!?

「あ、みんな、ここにいたのか」
 帝劇内を特に意味もなくうろついていた大神が二階にあがると、花組のメンバーはサロンに揃っていた。
「大神さん! お疲れ様です」
「中尉。ご苦労様ですわ」
 さくらとすみれが張り合うように挨拶する。
「隊長。こちらが開いてますよ」
「すまないマリア」
 二人の板挟みにあわないようにと、マリアが自分の隣の椅子を進めた。大神も素直にそこにすわる。
「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした、アイリス?」
「見て、これ!」
 アイリスが差し出した布には、なかなかの出来の刺繍が施されている。
「こーんなにうまくできたの、はじめてなんだよ!」
 どうやら下絵は別人――おそらくはさくらが書いたもののようだが、アイリスのかつての刺繍とは比べ物にならない。
「うわぁ。本当だね」
「えへへへ。これで、結婚する時も大丈夫だよ!」
「い、いい!?」
 欧州では、刺繍は花嫁修行の一つである。
「ま、まあ、まだ先の話だね」
「そうかな?」
 などとだべっていると、由里の放送が入る。
『帝國華撃團・花組のみなさん。地下指令室まで集合して下さい』
「帝國華撃團・花組。全員集合いたしました」
「うむ」
 大神の報告に米田が頷く。
「それで長官。一体、何が!?」
「蒸気演算機で今度の新しい敵について分析していたが、いくつか結果がでておる。まずは、これを見てくれ」
 大型受像機に降魔の姿が映し出された。
「これは、新手の降魔、黄泉兵(よもついくさ)だ。だが、新手といっていいのか、わからん」
「どういうことですか、長官」
「うむ。文献をあたってみたところ、降魔よりも古いのだ」
「というと、どのくらい?」
「具体的な書名をあげよう。「古事記」だ」
「古事記ですって!?」
 古事記は奈良時代に成立した日本最古の歴史書である。
 黄泉兵は、その古事記の中に、黄泉の国の兵として登場しているのだ(ただし、漢字は黄泉軍勢とあてられている)。
「どういうことですか?」
「つまり、やつらの言う事が真実だとするならば、彼らは黄泉の国からきた降魔ということになる」
 米田はなおも続ける。
「しかし、黄泉兵が地上に出てきたという記録はない。この世と黄泉の国の間には封印があるからだ」
「てーことは、その封印がとけちまったってことかい? でもどーして?」
 カンナが質問をぶつける。
「わかったで!」
 だが、米田よりも早く紅蘭が口を開いた。
「前の帝都大戦で、黄泉の国との結界が緩まるかなにかしたんやな!」
「そうだ。蒸気演算機はその可能性が八割以上と算出している」
 そして、受像機に映る映像が変わった。
「次にコレの問題だ」
「ははぁ。「楔」やな」
「うむ。この前の戦闘で大神が、ミロクがこれを埋めているところを目撃してる」
「でも、そないなもん、どっから手にいれたんや?」
 紅蘭の疑問はもっともである。
 天海が使った楔は六本。全てが彼の六破星降魔陣発動により、自壊し、すでに存在していない。上野寛永寺に保管されていたオリジナルの楔も、黒之巣会が複製をつくるために持ち去って失われていた。
「おそらくは、日光東照宮だ」
 米田の言う日光東照宮とは、徳川家康をまつった、あの東照宮のことである。東照宮は、大神が隊長に復帰する一月前の大正14年3月に放火と思われる火災により一部建物が焼失していた。
「東照宮は天海が立てさせたものだ。寛永寺同様に「楔」が保管されていたとしても不思議はあるまい」
 徳川家康は最初、久能山に葬られた。しかし、天海が異議をとなえ、東照宮をつくらせたのである。
「敵の狙いはまだわからん。だが、「楔」が魔陣をつくる能力があることはわかっているのだから、このままみすごすことはできん」
「設置されている楔を取り払うことはできないのですか?」
 マリアが言う。
「それが、物理的な力じゃぁ、無理だ。それに、下手に動かしちゃまうと敵さんは別の手をうってくるだろう。相手の手の内は少しでもわかっておいた方がいいからな。そのあたりをうまく考えないといかん」
 敵を知り己を知れば百戦してもあやうからず、とは古代中国の有名な兵法家、孫子の言葉である。だが、帝國華撃團は、敵のことはほとんど知らず、こちらの手のうちは知られているという、まさに必敗の態勢にあるといっても過言ではない。
 米田は、数少ない把握している敵の部分を失うことを怖れているのだ。
「なにか無力化することを考えねばならん。そのあたりは紅蘭!」
「はいな」
「花やしき支部の研究班を使って何か方法を考えてくれ」
「了解や」

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