Act2-3
「こ、ここがすみれくんの家か……」
蒸気鉄道と地下蒸気を乗り継いで、やってきたのは麻布だ。そこにそびえるは神崎すみれの自宅。すなわち神崎財閥総帥の私邸である。
「すごいお屋敷ですね……」
一緒についてきたさくらも目を丸くしている。
「けっ。でかけりゃいいってもんじゃねーんだよ」
こちらもやはりついてきたカンナ。なんだかんだいいながら、すみれが気になるのだろう。
「しかし、どっから入ればいいんだ?」
やたらに背の高い門扉のついた正門を見上げる。
「んなもん、ぶっ壊せばいいんだよ!」
「や、やめてくれカンナ。それは犯罪だ」
「チェッ。じゃあ、どうすんだよ」
「正攻法でいこう」
そういうと、大神は正門の脇にある通用門をくぐって屋敷の扉の前に立った。
「失礼します!」
呼び鈴を鳴らすと、老人があらわれた。執事の宮田恭青である。
「私、大帝國劇場の大神と申しますが、神崎すみれさんはご在宅でしょうか」
名刺を取り出し、手渡しする。
そこには「大帝國劇場 職員 大神一郎」と印刷されていた。
「お嬢様ならいらっしゃいますが、何か?」
「ちょっとお会いしてお話したいんですけれども」
「……お嬢様にうかがってまいりますので、お待ちください」
中に入れてさえもらえない。
(まあ、しょうがないか)
女性二人を引き連れ、モギリの服装をした自分。うさんくさく思われているのだろう。
「お待たせしました」
ほどなく宮田が戻ってきた。
「お嬢様はお会いにならないそうです」
「何だって!」
意外な返事に大神は叫んだ。
「本当にすみれくんはいるんでしょうね!?」
「私が嘘をついていると?」
心外な、といいたげな表情だ。
「あ、いや、すまない。大声を出して」
大神は、呼吸をおちつけてから、改めて宮田に問う。
「神崎すみれさんは、お忙しいのですか?」
「いえ。そういうわけではありませんが、大帝國劇場の関係者の方とはお会いにならないそうです。申し訳ありませんが、お引き取り下さい」
これではとりつくしまもない。
やむをえず、大神達は引き上げるしかなかった。
「皆様、お帰りになられました」
すみれは二階の窓から大神達を姿を追いながら、宮田の言葉を聞いていた。
「本当によろしかったのですか?」
「……いいのです。宮田、下がりなさい」
「はい」
宮田が下がらせた後も、すみれは窓から離れようとしない。そして、その肩はわずかにふるえている。
「大神少尉……ごめんなさい」
彼女は、まだ、大神が中尉に昇進したことすら知らない。
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