Act2-2

「支配人。折り入ってお話があります」
「どうした、大神。恐い顔をして」
「米田支配人。すみれくんが辞めた理由をお聞かせください」
「すみれの辞めた理由か……」
「ご存じなのでしょう? 辞めるのを許可したのですから!」
 しかし、返答は意外なものであった。
「理由は……知らん」
「へ!?」
 思わずすっとんきょうな声をあげてしまう。
「だって、辞表を受理したのでしょう?」
「おめぇ、辞表には『一身上の都合により』ってしか書いてねぇよ。普通、そういうもんだろう?」
「た、確かにそうですが、口頭で理由を聞かれなかったのですか?」
「聞かなかった」
 きっぱりと断言する。
「長官! 理由も聞かずに許可するんですか!?」
「大神」
 米田の口調が諭すようなものに変わる。
「嫌がる人間を無理矢理戦わせても無駄だ。いや、いたずらに人命が失われるだけだ。俺はな。今までの戦争でそれを嫌というほど味わった」
 米田が参加したのは日露戦争だけではない。日清戦争、台湾征討、北清事変と数々の戦いに従軍している。
 それだけに重みがある言葉だ。
「大神よ。すみれが自らの意思をかえない限り、俺にはどうにもできんよ」
「……」
「だが、すみれが翻意するってなら話は別だ」
「!?」
「それに、今日は公演もないし、伝票も全部整理が終わってるそうだ。外出したってかまわねぇぞ」
 大神の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます長官!」
 勇躍、支配人室を飛び出る。
 後に残された米田は、それを頼もしく見送りながら、呟く。
「頼むぞ、大神。神崎の親父を納得させられるのはお前だけだろうからな」

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