Act1-2

 海中から飛び出た降魔は、瞬く間にその数を無数とも思えるほどに増やす。
「な、なんだアレは!?」
 あれだけの騒動があったとはいえ、「降魔」というものを把握している人間はほんの一握りにすぎない。「扶桑」の首脳部も事態を把握できないうちに、降魔は甲板へと降り立つと、「扶桑」の船体へと攻撃を加え始めた。
「そ、総員、白兵戦用意! 迎撃せよ!」
 まるで帆船時代かと思わせる号令がかかり、乗組員達は銃や剣をとって、甲板に出て行く。
「駄目です、艦長!」
 だが、大神はその命令を翻意させようとする。
「やつらに通常の攻撃はききませんし、「扶桑」の装甲では持ちこたえることもできません!」
「なぜ、それが君にわかる?」
 「扶桑」艦長、高橋三吉大佐はそう反問した。彼とて、大神が帝國華撃團隊長であったことは知らない。
「それに、君のいう通りだとしても、帝國軍人たるもの、一戦も交えることなく陛下から預かった艦を放棄することなどできん!」
 高橋の判断は軍人として、むしろ一般的なものだろう。
「わ、わかりました」
 大神も軍人だ。命令を無視することはできない。
(だが、攻撃するならば、効果のある攻撃をしなければ)
 大神は艦橋を出ると、一旦、自室に戻った。そして、二振の日本刀を取り出す。
 帝撃時代、護身用に用意しておいたものを、私物としてもちこんでいたのだ。
 魔神器を用いて「大和」を封印した後、降魔があらわれることはなかったが、それでも、大神は備えを怠っていなかったのである。
「治にいて乱を忘れず、か」
 かつて米田司令に教えられた言葉を呟きながら通路を走る。その間にも爆発音が艦を揺らした。
「状況を知らせ!」
 ようやく甲板にたどりつい大神は、手近の水兵を掴まえて問うた。
「駄目です。やつらには弾は確かに命中しているのですが、効きません! それに「扶桑」の装甲が紙のように破られてます!」
 三八式歩兵銃の6.5mm弾ごときでは、降魔は蚊に刺されたほども感じないだろうし、シルシウス鋼すら傷つける彼らの攻撃の前には、最大305mmの「扶桑」の装甲も簡単に引き裂かれてしまう。
 あまりの無力さに、迎撃に出た水兵達は恐慌をきたしかけている。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 一人の水兵に降魔が迫る。銃の引き金を盛んに引くが、弾は出ていない。弾薬切れになっているのにも気付かないくらい動転しているようだ。逃げることすら忘れている。
「くそ、させるか!」
 大神はその降魔と水兵の間に割って入った。
「下がってろ!」
 水兵に声をかけると、二本の刀を構え、気合をこめる。
「狼虎滅却・無双天威!」
 霊子甲胄なしでも大神のもつ霊力が変わるわけではない。下級降魔に対抗できるだけの攻撃力はある。
 降魔は文字通り一刀両断された。
「次!」
 当たるを幸いに次々と降魔に切りかかる。
「うぉぉぉぉぉ!」
 鬼気迫る大神だが、いかんせん敵の数が多すぎる。まして生身。防御力は格段に劣る。それを身軽さで補っているが、限界はあった。
「中尉、後ろです!」
 降魔の爪が背後から大神を襲う。それに水兵の声で気付き、かわそうとするが、紙一重で間に合わない。
「くそ、軽く触れただけというのに……」
 彼の左腕に三条の深い傷ができる。白い軍服がたちまち血に染まった。大神は激痛に思わず剣を落とし、片膝をつく。
「くそ……」
 動きの止まった大神を降魔がぐるりと取り囲む。もはや逃げ道はない。
「ほっほっほっほっ。いい気味ね。大神一郎!」
 突然、上空から女の声が響く。
「誰だ!?」
 見上げれば、空中に人影がある。そして、その女には見覚えがあった。
「貴様は……生きていたのか、紅のミロク!」
 黒之巣死天王の一人として帝國華撃團と戦った彼女は、天海のつくりあげた六破星降魔陣の発動の際に行方不明となり、死んだと思われていた。
「そうよ。あなたたち帝國華撃團に復讐するまでは死んでも死にきれないわ。雌伏一年と半年。あるお方の力を借りてようやくそれが実現するのよ!」

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