第6話「悲しき神」(その4)


「ようやく、力をわきまえたようだな」

それを確認し、ヒルコは満足気な様子だ。

「では、一思いに楽にしてやろう」
ヒルコは気を溜める。肉眼でも見えるほどのすさまじい妖気の固まりが形成される。

「死ね! 大神一郎!」

 妖気の固まりが大神に襲いかかる。
回避しなくては、と思いながらも、身体が動かない。神武を立ち上がることすらできない。

「みんな。隊長を守るのよ!」

 マリアに命令されるまでもなく、花組の6人は大神とヒルコとの間に割って入る。
 大神のように妖気を『切る』ことはできないが、それぞれが盾となろうというのだ。
 ヒルコの妖力と花組の霊力がぶつかりあう。雷のような閃光が走り、花組は弾き飛ばされた。
 しかし、大神に妖力は届かなかった。花組の霊子力場はなんとかヒルコの攻撃を凌いだのだ。

「み、みんな。大丈夫か!」
「大丈夫です!」

 大神の声に気丈にさくらが応える。

「ほう。いじましいことだ。だが、いつまで持つかな」

 ヒルコがまたも妖力を放たんとする。花組も傷ついた神武を起こし盾となる。

「喝!」

 再びヒルコの妖力と花組の霊子力場が激突する。先程と同じように、閃光が走り、花組は倒される。
 だが、前と大きく違うのは、神武の損傷具合だ。霊子力場が攻撃力を支えきれず、神武そのものに損害が与えられているのだ。
 それでも、花組は立ち上がる。そして、三度、盾となろうとする。

「みんな、やめてくれ! そんなことをしていたら、君たちが死んでしまうぞ!」

 大神の悲痛な叫びにも、さくらが落ち着いて答える。

「大神さん。私、約束しましたよね。大神さんを守るって」
「し、しかし……」
「それに、大神さんは、今まで何度も私達を命懸けで救ってくれました。だから、今度は私達が大神さんを救うんです!」

 さらにマリアが言葉を続ける。

「隊長。隊長のおかげで、どんな苦しい戦いでも勝利してきました。そう、仮にここで花組が全滅したとしても、隊長さえ、大神中尉さえ生き延びてくれれば、帝撃は必ず勝利できるんです」
「馬鹿な! 花組の真の力は君達……」

 言いかけて、大神ははっとした。
 自らの神武が動かなくても、戦力がなくなったわけではない。仲間がいる。
 そして、例えどんなに戦力が低下しようとも、全員が揃っていること。それ自体が花組の強さだったでhないか。

(俺としたことが)

 かつて、花組を抜けていたすみれを呼び戻したの自分ではなかったか。
 ましてや、ヒルコとは戦うしかないと言ったばかりではないか。

「大丈夫だ。俺はまだ戦える!」

 大神は首のスカーフを外すと、右足を縛った。
 応急の止血だが、そのままでは血液が通わなくなり、足が腐る。何分かおきに緩めなくてはいけないが、そうなると出血は免れない。神武もとうに活動限界時間を超えている。
 短期決戦しかない。

「アイリス、全員を回復してくれ!」
「うん。わかったよ、お兄ちゃん!」

 先程、ダメージを受けた反動で気を溜めていたアイリスはすぐさま必殺技を放つ。

「イリス・シャルダン!」

 全員の機体が光に包まれ、霊子力場が再構築される。
「ばらばらになっても勝ち目はない。みんな、一丸となっていくぞ!」

「了解!」

 神武はヒルコにV型の陣形をとる。全員の攻撃を一点に集中できる陣形だ。そして、そのV型の底……ヒルコの正面には大神がいる。自身の戦闘力がなくなっても、花組の隊長であることには変わりないのだ。

「ヒルコ、覚悟しろ!」

 花組の攻撃がはじまる。
 必殺技をまじえた各人の攻撃が次々に命中するが、すでに不定形となったヒルコには効いているのかすらわからない。
 それでも、大神の巧みな指揮により、連続し、かつ不規則な攻撃を繰り返し続ける。

「えーい。ちょこまかとうるさい!」

 痛めつけても痛めつけても立ち上がり、攻撃をしてくる帝撃にヒルコは苛立った。

「喝!」

 ヒルコが吼えた。
 それだけで、妖気が圧力となって花組を襲い、神武はずるずると後退させられる。

「確かに大した物だよ、帝國華撃團。だが、わかった」

 ヒルコの不定形がある方向を向いた。

「大神一郎。お前が要だ。貴様さえ葬れば、花組は終わる!」

 それは恐らく正しい。
 大神が戦死するような事になれば、士気が崩壊するか、さもなくば自殺的攻撃をするかのどちらかだろう。

「感謝しろ。我が最高の術で、貴様を葬ってくれる。よく粘ってくれた、ほんのお礼だよ」

 ヒルコの身体が変形し、まるでパラボラアンテナのようになる。そして、そのパラボラの真ん中へ妖力が集中していく。

「これぞ、我が最終奥義。『崩物滅生』!」

 集中された妖子が、妖子核分裂を引き起こし、竜巻のようにして大神に迫る。それは、周囲の空気を巻き込み、圧縮して物理攻撃力をも伴っているのだ。

(回避! いや、間に合わない)

 機動力がおちた大神機ではこれをよけることはできない。
 大神は腹をくくって身構えた。

(耐え切れるか? いや、耐えなくては!)

 どう贔屓目に見ても、大神機がこの攻撃を持ちこたえることは不可能だ。
 絶望的状況。大神自身もそれは理解している。だが、諦めることはない。いや、諦めたときこそが、本当の絶望的状況なのだ。

「!?」

 その時、大神の視界が遮られた。

「大神さんは私が守る!」
「さくらくん!!」

 さくら機が大神機の前に滑り込んだのだ。もちろん、さくらとて、この攻撃を受け止める自信があるわけではない。
 しかし、さくらは、これを当然だと思っている。

(だって約束したんですもの!)

 さくらの目前に妖気が迫る。

「くっ」

 さくらの霊気とぶつかる。
 しかし、差は歴然だ。瞬時にさくらの霊気障壁は吹き飛ばされる。

「さくらくん!」

 大神は息を呑んだ。
 しかし、彼が想像したような光景はついぞおこらなかった。

「こ、これは……!!」

 淡い桜色の光がさくらから発せられたかと思うと急速に拡大し、さくら機はおろか、大神機をも包みこんだ。

「あの時と同じだ!」

 黒之巣会との戦いの最中、帝劇地下に閉じ込められた、あの時に見たものに間違いない。
 そして、あの時の爆発の衝撃と同じように、ヒルコの妖力を弾きとばしたのだ。

「なんだと!?」

 ヒルコも驚愕を隠せない。これを初めて見た花組の面々も、さくら自身でさえ、何が起きたか理解できずにいる。

(これが、破邪の血脈の力なのか!)

 大神も驚いていることに変わりはないが、同時に軍人としての判断が本能的に働いている。

「さくらくん。いけ!」
「は、はい!」

 さくらが慌てて技に入る。

「破邪剣征・百花繚乱!!」

 さすがに不意をつかれ、ヒルコの身体が大きくよろめいた。

「今だ!」

 大神がわずかに動く神武の右腕を頭上へとかざした。

「みんなの力を一つに!」

 大神の頭上に特殊な霊子力場が形成される。
 相反することさえある様々な人間の霊子を一つの大きな力へとすることのできる大神の『触媒』としての能力だ。

「檄!」

 カンナの紅の霊子が、

「帝!」

 マリアの白銀の霊子が、

「國!」

 アイリスの鮮黄の霊子が、

「華!」

 すみれの深紫の霊子が、

「撃!」

 紅蘭の真緑の霊子が、

「團!」

 さくらの桜色の霊子が、

「これが俺達の力だ!」
 大神の純白の霊子力場に飲み込まれていく。

「真・正義降臨!!」

 単なる全員の霊力の合計を遥かに上回る霊力がヒルコを襲う。

「ば、馬鹿な!」

 さくらの攻撃でダメージをうけていたヒルコはそれに抗うことができなかった。
 たちまちに霊力に包まれ、ヒルコは苦悶する。

「神が人間に敗れるというのか! 神たるこの私が!」

 次第に姿が薄れていく。もはや、逃れる術はなかった。
 だが、ヒルコは突然に笑い出した。

「ふははははははは。わかったよ。所詮、私はこの程度だということが!」

 それは乾いた、しかし、悲しげな笑いだった。

「できそこないの私は神としての力ももたないということか! これが私の運命というわけだ」
「そんなことないわ!」

 突然の反駁にヒルコもはっとさせられる。
 その声の主は、さくらだった。

「最後に運命を切り開くのは自分自身だわ。それは姿形になんて関係ない。貴方の心が決めること。貴方の運命は貴方が決めたのよ。」

 さくらは言い聞かせるような、慈愛に満ちた口調で言う。

「……なるほど。そうかもしれないな」
 ヒルコから怒りの感情が消えた。

「だが、もう遅い」

 その姿は霊子の中に消えていく。

「貴様の言葉、イザナギやイザナミ……父母から聞いていれば、私の運命は変えられたよ……」
「ヒルコ!」

 呼びかけても、もう反応はない。
 霊子が消え、視界もはっきりとしてくるが、そこにはなにも確認することができなかった。

「手強い相手だったな……」

 絞り出すような声で大神が言った。精も根も尽き果てたという感じだ。

「ええ。でも、悲しい神でしたね」

 さくらがそう呟いた時だ。

「みんな。あれを!」

 マリアが叫んだ。
 『無』となった筈の空間に金色の光があらわれている。
 そして、それは次第に大きくなっていくではないか。

「あかん。もう弾切れやでぇ!」
「お兄ちゃん。アイリスもうクタクタだよぉ」

 計らずも弱音がでる。

「落ち着け。みんな。まだ何が起こるか決まったわけじゃない!」

 大神もそう言ったものの、不安は募る。
 そして、そん不安を助長するかのように大きくなり続ける光球は、地面にふれるまでになったと思うと、急に形を変える。

「光の……柱?」

 とまどうように、その柱を見上げる。それは、天井すら突き抜けて遥かなる高みへと続いているようだ。

「中尉! ご覧になって!」

 すみれの声に慌てて視線を中央に戻せば、明らかに人型をしたものが実体化しようとしているではないか。

「総員! 戦闘態勢! 紅蘭、マリアは全力一斉射撃用意、他のものはやつを包囲し、命令があり次第、全力攻撃!」

 だが、さくらが動かない。

「さくらくん! 急げ!」

 さくらはじっと人型をみつめている。

「さくらくん!?」

 さては、また……。
 大神はいささか慌てたが、そうではなかった。

「大神さん。あれは、ヒルコだけど、ヒルコじゃないです!」
「!?」

 わけがわからない。
 しかし、すみれが後を続けた。

「さくらさんの言う通りです、中尉。ヒルコの妖気なのは確かなのに、その質が違いますわ。いえ、これは妖力というよりも霊力です!」
「なんだって!?」

 その間にも、ヒルコは実体化を続ける。
 やがて、その姿がはっきりした時、大神は戦場にはにつかわしくない、すっとんきょうな声をあげてしまった。

「あれは、エビス様!?」

 伝え聞く通りの恵比須神の姿だ。

「そうか、ヒルコがエビスになったという伝承……伝説ではなくて、予言だったのか!」

 すなわち、この戦闘が『禊ぎ』となり、ヒルコの『穢れ』が祓われたのだ。結果、ヒルコ=蛭子=恵比須として、神へと昇華したのである。
 だが、ただ戦うだけでは、このようなことはおきなかっただろう。さくらの言葉により、ヒルコに生じた迷いが、『穢れ』と『蛭子』の間に僅かながらも溝をつくった(=迷いを生じさせた)ことが、この結果を呼び込んだのだ。

「高天原へ昇っていくのか……?」

 花組は、戦闘が終了した虚脱感もあって、ただ呆然と恵比須神の姿を見ていた。
 と、その時だ。

「なんだ!?」

 視界が急に歪み、奇妙な浮遊感が神武を包む。
 そして数瞬の後、花組は神保町交差点に戻っていた。
 ヒルコの妖力がなくなったことで、黄泉平泉坂が消えたのである。

「見てみぃ。空を!」

 黒く淀んでいた空が、今は抜けるように蒼い。

『みなさん、大丈夫ですか?』

 無線に由里の声が入る。

「あ、翔鯨丸だ!」

 アイリスの指差す方を皆で見上げる。
 その翔鯨丸も、よく見るとあちこちに損傷を受けている。
 黄泉平泉坂が消えるまで、黄泉兵と戦闘を繰り広げていたのだろう。

「さあ、大神さん。帰りましょう!」

 さくらが声をかけるが、大神の返事がない。

「大神さん?」

 大神機は膝が砕けるようにして倒れた。

「大神さん!」
「あかん。大神はん、怪我しはってたんや!」
「マリアから翔鯨丸。早く隊長を回収して!」
「中尉! しっかりなさって!」
「すみれ。そっちをもちあげろ! 隊長を機体から出すんだ!」
「お兄ちゃ〜ん!!」







「もう少し遅かったら危ないところでしたが、これなら大丈夫ですよ」

 かすみは、大神のデータを見ながら言う。

「でも、医療ポッドあってのことですよ。普通の医療機関だったら、助かったかどうか……」

 それほど大神は重傷だったのだ。しばらくは大神はポッドで寝ていることになる。

「よかったぁ」

 それでも、生命に別状ないと知って、さくら以下、花組の面々がほっと胸をなで下ろす。

「大神中尉には早く傷を治して頂いて困りますわ」
「本当ですね、すみれさん」
「そして、私の両親にご挨拶していただきませんと」
「なにをわけのわからないこといってるんですか、すみれさん!」

 さくらとすみれが睨み合う。

「やれやれ。これじゃ、隊長も大変だぜ」
「ほんとやね。怪我が直っても、今度は胃をやられそうやな」
「さー。お兄ちゃんのお見舞いにいってこよーっと」
「こら! このガキンチョ! 抜け駆けは許しませんよ!」
「みんな、いい加減にしなさい!」
「マリア。そんなこと言ってていいのかよ? マリアだって、隊長が気になってるんだろう?」
「カ、カンナ。何を言ってるのよ!」

 大帝國劇場に明るい声がこだました。
 帝國華撃團は、自らの力で勝ち取った平和を謳歌しようとしている。
だが、それは、かりそめのものに過ぎなかった……



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