「いくぞ!」
七色の煙が舞い上がり、神武の勇姿が戦場に現れる。
「帝國華撃團、参上!」
神保町交差点付近に降り立った彼女らのまわりは黄泉兵であふれかえっている。そして、その源となっている、ぽっかりと地面に空いた穴を容易に確認することができた。
「あそこが黄泉平泉坂だ。一気に突入するぞ!」
大神の指揮のもと、花組は戦闘態勢をとる。
「神崎風塵流・鳳凰の舞!」
群がってきた黄泉兵が一度に消える。
「消えたくなければ、道を塞ぐな!」
「チェストォ!」
黄泉兵が怯んだ隙に、マリアの霊子速射砲が道を示し、カンナがそれをこじ開ける。
「紅蘭、そいつは黄泉平泉坂を壊せる鍵だ。落とすなよ!」
「まかしとき!」
紅蘭機はなにやら楔状のモノを大事そうに抱えている。一見したところは何かの祭器にみえた。
黄泉兵もそれを察知してか、紅蘭機を攻撃しようとするが、大神達はそれを許すわけもなく、紅蘭を中心にした輪形陣を組む。
「真宮寺くん。動きが鈍いぞ!」
さくらの動きにキレがない。さくらが手を抜いているとは言わないが、戦いに集中できていないのが大神にもあからさまにわかった。自然、苛立ちが増していく。
「もらった!」
大神が黄泉兵を打ち倒した。しかし、やや態勢が流れたところを、別の黄泉兵が狙う。
「ちぃ」
神武を捻るようにして、その黄泉兵と相対しようとするが、間に合わない。
「隊長! そのままでいいぜ!」
間一髪。カンナ機が黄泉兵の死角から正拳を突き出した。よろめいて大神機から離れたところを、後方からのマリア機の射撃で仕留められる。
「助かったよ、カンナ」
「なーに。いいってことよ」
いつもながら快活なカンナだ。だが、彼女はここで声をおとした。
「ところで隊長。さくらと喧嘩でもしたのかよ?」
「な、なにを根拠に!」
不意をつかれて、大神も動揺する。
「あのなぁ。さくらのことを、今まで『真宮寺くん』なんて呼んだことがあったかよ!」
返す言葉もない。
「何があったか知らねぇが、さっさっと仲直りしちまえよ。夫婦喧嘩は犬も食わねぇっていうしよ!」
「誰が夫婦だ! 大体、戦闘中だぞ。真面目にやれ!」
「おっとっと。くわばら、くわばら」
カンナはおどけるようにしながら、大神から離れていった。
(くそ。俺は隊長失格だな)
隊員と露骨に対立し、それを他の隊員に窘められるようでは。
「アイリスはそのまま。すみれは後方を確保。紅蘭とマリアは穴の入り口に陣取る連中へ制圧射撃を実行してくれ。制圧後、カンナと……さくらくんは突入してくれ」
ためらいがちながらも、大神はさくらをいつものように名で呼んだ。
「了解!」
短い返答にさくらがどう感じているかはわからない。だが、動きには、まだいつものキレは戻っていない。ヒルコとの戦いに対する迷いがすてきれていないようだ。
(とにかく今はいけるとこまでいくしかないな)
大神はさくらのことを気にとめることをやめ、戦闘に集中することとした。
「よし、俺に続け!」
高機動装置が始動し、大神機が地面を滑る。一気に先頭のカンナ機、さくら機を追い抜くと、当たるを幸いに黄泉兵を蹴散らしていく。高機動装置によって得た速度は、黄泉兵を薙ぐのに十分であった。
「やりやがるな、隊長。俺もいくぜ!」
「お兄ちゃん、待ってぇ!」
「よっしゃ。うちもいきまっせ」
「私がいかなくては、話になりませんことよ」
「さくら、遅れないで!」
「は、はい!」
一丸となって穴へ突入する。阻もうと、黄泉兵は後から後からわいてくるが、花組の敵ではない。それを駆逐しながら、無我夢中に奥へ奥へと進んでいく。
「なんでぇ、ここは?」
カンナ機が足を止めた。
今までの通路然とした場所とは違う、大きく開けた場所に出た。
「ミカサを建造していたという大空洞じゃなくて?」
すみれが周囲を見回しながら言う。
「それは違うやろ。それならもっともっと広い筈や」
「そうね。むしろ、あの穴の入り口からは現世とは異なる異空間につながっていると考えるべきだと思うわ」
紅蘭とマリアの見解を大神も支持する。
「だとすれば、この場所には何らかの意味がある筈だぞ」
大神機のモノクル・カメラがせわしく左右に動く。
「あれは?」
この広間を囲むようにして同じ形の石がある。一見すると自然石のようにも見えるが、それにしては規則的に並びすぎている。
「紅蘭、どう思う?」
「ちょっと待ってや」
紅蘭がその石の一つに近づき、観察する。
「ははーん。わかったで。ここは黄泉平泉坂を封じていた結界のあった場所や」
「結界? でも、黄泉平泉坂はどこにでも開けるものだろう? 場所を特定できないんだから結界なんて張れないんじゃないのか」
「それはその通りや。だけど、一度に開くことのできる黄泉平泉坂は一つだけなんや。だから、これは黄泉平泉坂そのものに対する結界やね」
いわば、水道の元栓を締めるようなものだ。
「なるほど。ここさえ封じておけば、現世に結界をおかなくてもいいということか」
「うーん。理屈ではそなんやが、これで封印できるほど黄泉平泉坂は甘くないようや。ここにある黄泉平泉坂への結界と、現世にある黄泉平泉坂を開かせない結界とで組みになって封じることができるみたいや」
「そういうことか」
しかし、ここが黄泉平泉坂を塞ぐための第一歩となることは間違いない。
「よし、紅蘭。そいつを降ろして、結界を張ってしまおう」
「はいな」
紅蘭がここまで抱えてきていた祭器を広間の中央に降ろそうとした、その瞬間だった。
「不義昇臨!」
上空から声がしたかと思うと、すさまじい衝撃波が襲来する。その目標は紅蘭だ。
慌てて回避行動に移るが、間に合わない。まるで木の葉が風に舞うようにして吹き飛ばされた。
「紅欄!」
さくらの悲鳴にかぶさるように、不気味な声が響いてくる。
「久しぶりだな。帝國華撃團!」
攻撃の張本人、ヒルコの姿がそこにはあった。
「ここまでたどりつくのは、さすがだと言っておこう。だが、貴様らの祭器は失われたぞ。これで黄泉平泉坂を塞ぐことはできまい」
ヒルコが勝ち誇る。
しかし、逆に大神が勝ち誇ったように口を開いた。
「ヒルコ。アレが本当に祭器だと思っていたのか?」
「なに?」
「あれは見てくれだけのハリボテさ」
だが、ヒルコは取り合わない。
「強がりはそのぐらいにしておけ。ならば、あの祭器から発せられていた霊力は何だ?」
「……それはやな」
紅欄機が立ち上がってきた。
「うちの機の霊子蒸気機関から霊力を流し込んでいただけや。我ながら、急ごしらえにしてはよく出来たと思うとるんやで」
「なんだと? そんなことをして、何になるというんだ?」
「そんなこと決まっている。お前をここにおびき出し、倒すためだ!」
大神は力強く宣言する。
「このヒルコを、神を倒せると、本気で思っているのか?」
「思っている。いや、倒さねばならないんだ! 相手が例え神だとしても、帝都の護りたることこそ、我らが使命!」
大見得を切る。それは自分自身を鼓舞するためでもあった。
「見上げたものだよ、大神一郎!」
ヒルコの声は怒気を含んでいる。
「だが、最後に笑うのは、この私だ!」
その声を合図に、無数の黄泉兵があらわれた。花組は瞬時に取り囲まれた形となっている。
「それくらい、読めている! さくらくん!」
「は、はい!」
さくら機に隣接すると、大神は霊力を集中させていく。
「瞳に写る輝く星は」
「みんなの明日を導く光」
「今、その光を大いなる力に変えて」
「破邪剣征・桜花乱舞!」
だが、その掛け声とは裏腹に技は出ない。さくらの霊力がいつもほど高まらなかったのだ。
「さくらくん!」
「ごめんなさい。大神さん、私……私……」
さくら機ががっくりと膝を折り、動きを止めた。
「さくらくん! おい、さくらくん!」
何度もさくらに呼びかけるが、返答はない。しかし、その間にも戦いは続いている。
「隊長! すまねぇ、一匹そっちにいっちまった!」
カンナの声に弾かれるように反応した大神は、その一匹を切って捨てた。
(今は黄泉兵を倒すのに専念しなくては皆が危ない!)
大神はとりあえず戦闘に復帰することを決めた。
「でぇい!」
大神の二刀が、
「土に戻りなさい!」
マリアの速射砲が、
「寄らば切りますわよ!」
すみれの薙刀が、
「アイリス、頑張るもん!」
アイリスの霊力が、
「ほいほいほいほいほい!」
紅蘭の加農砲が、
「はぁぁぁ、どりゃぁ!」
カンナの拳が。
次々に黄泉兵を捉えていく。
「中尉! 仕上げますわよ!」
すみれはちらりとさくら機を見る。だが、まるでガラクタのように生気がない。
(張り合いのない……ならば、見せ付けてあげますわ!)
すみれ機は大神機と並んだ。
「髪に揺れるは乙女の心」
「胸に抱くは帝都の未来」
「あなたと」
「きみの」
「情熱よ、ここに」
「赤熱鳳仙花!」
大神とすみれの霊力が赤い奔流となって、戦場を舐める。
黄泉兵の最後の一群もこれで駆逐された。
「どうやら、雑魚もこれで終わりだな。ヒルコ! 覚悟を決めて戦え!」
大神は雄々しく吼える。
「確かにこれで私の出番となったようだな。だが、私が黄泉兵達を無駄に消耗したと思っているのか?」
「なんだと?」
「貴様らの機体、そう神武とやらが、長時間の戦闘に適さないのは先刻承知」
無数の黄泉兵をぶつけることで神武の消耗を誘っていたのである。
「さあ、私が相手をしてやろう」
ヒルコはゆっくりと空中から降りてくる。帝撃など敵ではないと言わんばかりに、まるで無防備な姿だ。
「見逃すかよ!」
焦れたのか、カンナが飛び込んでいく。
「待て、カンナ!」
大神の制止も聞かず、カンナはまだ空中にいるヒルコめがげて、技を繰り出そうとする。
「喰らえ! 空中二段蹴り!」
だが、ヒルコはおちついている。
「慌てる乞食は貰いが少ない言うだろう。焦ってはいかんな」
「寝言はこいつを受けてからいいな!」
カンナの最初の蹴りが命中するかに見えた時、ヒルコは大きく吸い込んだ息を一気に吐き出した。
「喝!」
その一喝で、カンナ機はもろくも地面に叩き付けられた。
「な、なんだと?」
そして、カンナを襲った衝撃波は大神達にも襲いかかる。煽られて態勢を崩しかかり、慌てて踏ん張り直した。
「なんて力だ!」
手を出す事すらせずしてこの力である。
「ふはははは。今更、私の力に気づいたのか? だが、もう遅いわ!」
完全に戦場へと降り立ったヒルコは初めて身構える。それだけで、空気が震え、圧力となって神武を襲う。
(これほどとは!)
かつて、サタンと戦った時にも似たような経験はした。だが、あの時と違ってあやめ――ミカエルの加護はない。単に花組がうける脅威は、あの時以上だ。
「まずは小手調べというこう!」
ヒルコは腕をかざすように振り上げると、一気に振り下ろした。妖力が神武に投げつけられるかのように放たれたのだ。
狙われたのは立ち上がろうとしているカンナ機である。このままでは、カンナ機は再び直撃を受け、今度こそ立ち上がれなくなってしまう。
「カンナ! 防御は俺に任せろ!」
大神が自分の霊力をカンナにめがげて放出する。これは、練り上げられたものではないから、集束度が低く、そのまま敵にぶつけても効果はあまり得られない。しかし、相手の霊力(妖力)による攻撃を逸らしたり、拡散させたりするのには十分である。
だが、それは今までの話だった。
「な!?」
大神の放った霊力の固まり――霊気が四散した後も、ヒルコの放った妖力が消えない。それでも、霊力にぶつかることで、僅かばかりの時間と攻撃力の減衰を得たことで、カンナは辛うじてその攻撃を避けた。
「隊長! こいつの攻撃力は、とんでもねぇぞ!」
カンナも思わず叫ぶ。大神の霊気防御がなければ、カンナ機はどうなっていたかわからない。
「どうした? 今更、私の偉大さが理解できたのか?」
その言葉にすら説得力を感じてしまう。
「さあ、次は誰にするかな?」
ヒルコは花組を見回す。
「よし、あいつにしよう。今度は加減はせぬぞ!」
ヒルコが再び手を振り上げる。その視線は、未だうずくまったままのさくら機に向けられていた。
「さくらくん、立ち上がれ、よけるんだ! さくらくん!」
大神の必死の呼びかけにもさくらは反応しない。彼女の心は閉ざされてしまかったかのようだ。
「喝!!」
ヒルコの腕が振り下ろされる。それでもさくら機は腕一本動かさない。
「さくらくん!!」
大神は意を決し、高機動装置を全開にした。
「隊長、何を!?」
一番近くにいたマリアですら、止める間はなかった。
大神機は今にも攻撃をうけんとするさくら機の目の前に割って入る。さくら機を覆い隠すように立ちはだかったその機体は、当然のようにヒルコの攻撃の直撃を喰らった。
霊気防御も破られる以上、自らが盾となるより他にさくらを救う手はなかった。
「隊長!」
「大神はん!」
「中尉!」
「お兄ちゃん!」
「隊長ぉ!」
花組の悲鳴があがる。
(え、なに!?)
さくらはまるで夢の中の出来事であるかのように、繰り広げられる戦闘を眺めていた。
帝都を護らなくてはならないという思い。ヒルコを救いたいという思い。そして、大神への想い。さくらは自分の中の矛盾は抱えきれなくなった。そして、無意識のうちに、その原因となった「ヒルコとの戦い」と「自分」を切り離すことで、自己防衛をはかろうとしていたのである。
すなわち、それは自分の心を外界から遮断することである。五感から得られる情報を、自分のものとして判断することを停止したのであった。
だが、今、目の前で起きていること。
純白の神武が、その輝きは失い、そして、左腕をもがれ、排気管を失い、脇腹にあたる部分の装甲版を抉り取られ、ゆっくりとその場に崩れ落ちていく。
外界との遮断を望んだ筈のさくらは、なぜか、その情報だけは判断しようとしている。
そして、彼女は、この情報を自分が欲した理由を瞬時に理解した。
なぜならば、それは、愛するものが自分の為に命を投げ出したということだったからだ。
「お、大神さん!?」
夢の中などではない。
さくらは現実を取り戻した。そして、彼女が把握した最初の事実は、大神が倒れたということ。
「大神さぁーん!」
さくらの声が、戦場にこだました。