−軍隊−

大神の敬礼

 あまり知られていないが、海軍と陸軍では敬礼が異なる。
 陸軍式敬礼は、いわゆる“敬礼”で、警察官などもしている肘を外側に張る敬礼である。対して海軍は、狭い軍艦内で敬礼できるように、肘をはらずに腕をほぼ垂直にしたまま敬礼を行う。
 しかし、サクラ1の第1話で大神は海軍少尉にもかかわらず、陸軍式敬礼をしている。
 思うにこれは、陸軍将校・米田中将の下に配属されるということで、彼に敬意を表わしてのことであろう。実際、最終話の「大団円」では海軍式敬礼をしていることからも、それは推察される。


2001/05/28 米田鷹雄

大神の経歴

 大神の時代の海軍の制度を調べると以下のようになります。


 小学校6年+(旧制)中学4年
 海軍兵学校 3年
 少尉候補生 1年半

 大神は太正13年4月(=1924年4月)、20才の春に帝國華撃團に赴任してくる。ストレートにいくと(海軍兵学校に入るのに浪人するケースも多々あった)、兵学校を出て2年がたち、少尉任官から半年が立っているということになる。
 これで、ゲーム中に度々いわれる「元少尉」という表現にも合点がいきます(少尉任官と同時に花組隊長となったのなら、「元」という言い方はそぐわしくない)。
 これで、計算すると、大神の士官学校卒業時期は太正11年3月で、少尉任官は太正12年10月。海兵50期ということになります。
 この50期生は八八艦隊計画(海軍拡張計画)を前提にした採用で、卒業生数272名の大所帯。大東亜戦争を大佐クラス、すなわち戦争中は艦長や艦隊参謀など海軍の中核として働いたクラスである。
 大神は、この272名のクラスヘッド(首席)。ただでさえ、海軍兵学校は難関中の難関校だったのだから、大神が如何に優秀であったかがわかる。頭脳だけでなく、体力や統率力もなければならないのですから。

 少尉候補生で遠洋航海などで鍛えられた後に、少尉任官するが、少尉任官後も「術科講習」として、砲術学校や水雷学校に三ヶ月づつ学ぶはずなので、これが終わったところで、帝撃に配属ということになる。




2001/05/28 米田鷹雄

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